2017年07月23日(日) 

 

 

 

>2017年5月に刊行された『そろそろ、人工知能の真実を話そう』〈早川書房〉。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

>新しい社会のあり方をIT企業に託していいのか?

 

思考停止の新しいやり方ですね。

 

>「インターネットは、情報の民主化というよい結果をもたらした一方、IT企業という新たな権力を生み出しました。そのことに対して、ぬぐいがたい気持ち悪さを覚えたのです」

 

そうですね。気持ちが悪いですね。

 

>いわゆるIT企業による「プラットホーム資本主義」に対してガナシア教授が感じた違和感は、次第に大きくなっていった。

>「IT企業は、民主的な手続きから逃れる立場にあります。もちろん、彼らのサーヴィスを使わないということはできますが、それは選挙の投票とは違います。すでに起きている現象として、権力のあり方がIT企業に移り、国家より力を持ち始めてはいないでしょうか」

 

政治家は、権力をIT企業に渡してはなりませんね。我々の社会には、民主的な権力者が必要です。IT企業は、民主政治へのサービス提供に徹すべきです。

 

>ガナシア教授が問題視しているのは、決してIT企業そのものではなく、「政治システムとして何が正しいか?」という点である。

 

民主主義が正しいですね。政治家は政治システムを通してIT企業を利用しなくてはなりませんね。

 

>「自分たちの生き方を自分たちで選ぶ。そのような市民社会における基本的な権利が脅かされています。これはIT企業の台頭だけでなく、そもそも近代国家における統治の原則が崩れつつあるという背景もあるでしょう」

 

政治家が意思の内容を実現するために、ITを大いに利用しなければなりませんね。

 

>ある意味、IT企業が中心となって「新しい社会」がつくられようとしているなか、彼らのAIがわたしたちを“監視”する範囲が、今後ますます広がっていくことは間違いないだろう。もしそのような可能性があるのなら、哲学者がAI時代に果たすべき役割とは何なのか? さらに言えば、来たる未来において、哲学者はどのようなことを考えるべきなのだろうか?

 

哲学者がAIを駆使しなくてはなりませんね。

 

>「まず今後100年という時間軸で考えると、政治的に根源的な変化が起きるでしょう。そもそも国家というものが、ポジティヴにも、ネガティヴにも変わってくると思います。さらに言えば、わたしたちが当たり前だと思ってきた古典的な概念もどんどん変わっていくでしょう。たとえば、『友情』という概念はSNSの登場によって再構築されていますし、『通貨』もビットコインの誕生で再定義されています。あるいは『クルマ』も、いまや4つのタイヤがついたパソコンになろうとしています。テクノロジーの進展と未来をどう考えるのか、そこに哲学者も加わらないといけません」

 

そうですね。同感です。

 

>「わたしたちはある意味、政治の大転換を目にしています。いまや巨大企業が権力を握りしめ、国家はやせ細ってしまいました。そのような時代に、わたしたちはいかにして権力を監視し、どのような政治システムをつくりあげるべきでしょうか?」

 

民が権力を手放すのは、恐ろしいことですね。

 

>繰り返すが、ガナシア教授の問いかけは、決して単なるIT企業批判ではない。もしかするとわたしたちは、AI時代にふさわしい社会システムを考えるうえで、まだ言葉にすらなっていない新しい概念を探しているのかもしれない。そうだとすれば、概念の発明を行う哲学者ほど、力になるものはいないだろう。

 

そうですね。同感です。いつの時代にも哲学者は必要ですね。我々は考える人にならなくてはならない。AIは現実の鏡であって、非現実の内容 (考え) を主張しない。

 

>「ルネサンス以降、哲学の分野では、近代化への理想が揺らいでいた」とガナシア教授は著書の終わりで述べている。その一方で、技術者と科学者は、近代化への夢を体現し続けてきたとも。

 

我々は、目先・手先の技術の進歩に気を奪われていましたね。だが、我々には夢が無い。夢は自分の頭を使って見るものです。

 

>しかし、流れは完全に変わった。「テクノロジーの進化が、必ずしも人類を幸せにするわけではない」という悲観論が出ているいまだからこそ、哲学者は希望を語り、人々の視線を上げるべきではないか。言うまでもなく「希望」は、目指したい未来から逆算して、蓋然性の高い議論を積み重ねて生まれるものである。

 

そうですね。「テクノロジーの進化が、必ずしも人類を幸せにするわけではない」ということですね。テクノロジーなら殺人マシンもできる。

‘我々はどこから来たか’。’我々は何者であるか’。’我々はどこに行くのか’。の過去・現在・未来に関する哲学の命題は、今も昔も変わりませんね。

 

>…さて、ガナシア教授の未来への洞察を学んだいま、わたしたち一人ひとりがこれから考えなければいけない「問い」を記して筆を置くことにしよう──わたしたちは、どのような未来を目指したいだろうか?

 

我々一人ひとりが、自己の哲学を持つことが必要ですね。民主主義の世の中において、未来社会の内容に人民の支持を得て、協力して実現して行くことになるでしょう。

 

 

 

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閲覧数64 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/07/23 14:03
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