2017年10月11日(水) 

 

 

>何が『自然』で『自発』的なのか、それを絶えず感知する能力が日本語には求められている。

 

意思が無ければ自然で、恣意があれば自発でしょうね。

 

>その能力とは、決して子供のような『主客合一』でも『自他未分離』の状態でもなく、全体のなかでしっかりと自己を見据えていく『自己意識』である。>よく誤解されていることだが、日本人は『自己意識』が希薄なのではなく、(中略) 『努力して努力して、どこまでも人の手を加えていながら、それでいて、涼しげな顔をして、あたかもそこに無造作に日本庭園があるように見せるところが、日本庭園のすごさなのである』。>それと同じように、日本人の意識は決して『自己意識』が希薄なのではなく、ヨーロッパとは違った自覚的な深い意識のあり方なのである。

 

そういうことになるかもしれませんね。

 

>日本人の意識は、あたかも無意識から出たもののようにさりげなく表現される。しかし、だからといって決して無自覚に出されたものでなく、十分に自覚的にそして意識的に出されたものである。>しかも、その出し方があたかも『おのずからそうなったように』、また『人の手が加わってないかのように』出されたものである。

 

意思のない言動は、自然に見えますね。

 

>そういう意味は、日本人の意識のあり方はどこまでも意識的なものであり、高度に人為的なものである。>ただその高度さを隠すまでに人為的なものであるため、表面上は『自己意識』が希薄なように見られるだけである。>日本人の無為自然というのはどこまでも人為的なものであり、人の力によって無為自然を作り上げている。そしてそれがさまざまな面で対人関係に生かされたり、芸術的に表現されたりしている。

 

意思が存在しなければ、人はアニマル同様に、自然に溶け込みますね。

 

>この『自己意識』はヨーロッパのような『神の視点』から自己を見下ろす自己意識とは違うが、水平的に場の雰囲気を読む『自己意識』として日本人に常に求められているものであり、金谷武洋氏はこの視点を『虫の視点』といっている。

 

西洋人のような意思のある人たちの生活には、倫理的な上下がありますね。これは。頭の中 (非現実・考えの上) の上下です。

日本人のような意思のない人達の暮らしには、世俗 (現実) の上下による差別がある。

 

>このような『虫の視点』から場の雰囲気を捉える日本人特有の能力が、だんだんと失われつつある。そのことが、今発生しているさまざまな教育問題の根底にあるのではなかろうか。

 

虫には責任が有りませんね。

 

>今行われている『個性化教育』は日本人の自己意識をヨーロッパ的な『神の視点』へと引き上げようにしているが、そのような文化的基盤のない日本で『神の視点』はなかなか育たないばかりか、従来日本人のもっていた『虫の視点』の良さまでもが壊れつつあるように思える。

 

意思のない人間には、神の視点は理解できませんでしょう。神の良さと虫の良さは、両立可能だと思いますよ。神の良さは、言葉の良さ。虫の良さは、無言の良さでしょう。言葉と無言の区別ははっきりさせておかないと、社会に混乱が起こります。

日本人には意思が無い。意思は時制を未来時制の文章内容であり、日本語文法には時制がありません。ですから、日本人には意思がありませ。あるのは恣意ばかりです。これは、他のアニマルと同じです。

全ての考えは文章になります。文章にならないものは、考えではありません。日本人の想いは文章にならないで、ばらばらな単語のままで存在します。それはそれで、芸術性を発揮します。

日本人の精神活動は、文章・言動に表現されることなく、心から心へと伝えられます。この活動は、正しい考え・正しい理解を目的とした言語学習の道筋を大きく逸脱しています。言語には論理を求め、バラバラな単語を芸術に利用し、両者を完全に分離すれば、教育に混乱はないと思います。

 

>ヨーロッパの『オーケストラ』の演奏は、一人の指揮者を立てそれに従って全員が演奏するという上からの『神の視点』に近いものだが、 日本の伝統的な『雅楽』の演奏は、全員が横並びで一人の指揮者を立てることもなく、互いが場の雰囲気を読みとりながら、それでいて全体の調和をとるという『虫の視点』に近いものである。

 

指揮者には演奏に対する責任が有ります。虫たちには責任が無い。虫たちは協同作業に責任者を立てない。この国がひっくり返った時にも責任者は出なかった。とかく、この世は無責任。

 

>今の日本の教育をとりまく状況は、日本の伝統的な『雅楽』奏者が、突然『オーケストラ』の演奏のなかに引きづり込まれて、従来培ってきた雅楽の演奏方法が台なしになってしまっているのと似ている。

 

伝統的な雅楽の奏者は、いつまでたっても責任ある指揮者にはならないでしょう。いつまでたっても、突然であることに変わりはありませんね。

 

 

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閲覧数26 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/10/11 02:45
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