2017年11月11日(土) 

 

 

>敗戦は「終戦」に、占領軍は「進駐軍」に

>昭和20(1945)年以降、日本の教育、特に歴史教育を支配してきたのはGHQ(連合国軍最高司令部総司令部)である。>そもそもGHQとは、日本が受諾したポツダム宣言を執行するために設置された連合国の機関である。では、無条件降伏した日本を管理する最高意思決定機関はどこか。>それは「極東委員会」である。

>この極東委員会とGHQの関係は、極東委員会が決定した対日占領政策を実際に遂行する機関がGHQであるという、いわば上下の関係にある。>組織である以上、明確に上下が存在しなければおかしい。>ところが、これは単なる「形式」であって、実際にはGHQが極東委員会に従ったことはまずないのだ。>実質的に日本の占領をすべて執行したのは、極東委員会ではなくGHQであった。>その最高責任者がアメリカ陸軍のダグラス・マッカーサー元帥であった。>マッカーサーは、昭和20(1945)年8月14日に連合国軍最高司令官(SCAP)に就任し、日本の占領施策を全面的に指揮したのである。>極東委員会の下部組織であるはずのGHQのボスは、連合国軍最高司令官でもあったのだ。>結局、戦争とは「勝てば官軍」であって、どんな組織で誰に何をやらせるかといった事柄も勝者の理屈と事情で行われるものなのだ。

 

そうですね。負ければ賊軍ですね。(Might is right.)

 

>もちろん、このような米軍による日本占領下で行われた事柄も、私たちにとっては検証の対象であることはいうまでもない。>現実は検証どころか、敗戦を「終戦」などという言葉に置き換えて事実を正視せず、占領軍を「進駐軍」などといって刺激を和らげようとするなど、占領された日本側が米軍に媚びへつらったのである。

 

そうですね。我々は検証を怠りましたね。検証は刺激になるからでしょう。我々は、常に刺激をやわらげましたね。

 

>なぜこんな奇妙なことになっているのか

 

日本人の国民性にあるのではないでしようか。奇妙な国民性ということです。

 

>思えば、明治維新といわれるあの時には、やはり卑しいほどの欧米崇拝に狂奔し、大東亜戦争敗戦によって占領されたその後は、再びアメリカ至上主義が社会をリードするという具合で、占領下で幼少期を過ごした私などは、検証されないままの官軍教育と、異議を唱えることなど許されない占領軍教育とその派生でもある左翼教育に振り回されて、異常な教育を受けて育ったのである。

 

そうですね。無哲学・能天気に育てられたのですね。

 

>ほんの一例を挙げれば、「道」のつくものはすべて軍国主義に繋がるという乱暴な理屈で、華道、茶道まで白眼視され、学校教育では柔道、剣道、書道などはすべて禁止されたのである。>他国の民俗文化などに余り興味も知識ももたぬGHQは、「道」という文字はすべて軍国主義に繋がると切り捨てたのである。

 

‘道’ と名のつく習い物は、すべて序列昇進の努力を要求しますからね。ノラクロ (野良犬のクロ) を育てます。

 

>余談として述べておくが、アメリカに占領されていた7年間に米兵に殺された日本人は、調達庁の資料を調査した高山正之氏によれば約2500名である。そして、米兵に強姦された日本女性は2万人強とされ、米兵が強姦している現場で日本の警察官が見張り役をしていたという事例は数多く伝えられている。

 

‘勝てば官軍、負ければ賊軍’ は、実証されましたね。

 

>結局、我が国の近世・近代史は、二度にわたって戦の勝者が書いたまま今もなお検証されていないということである。

 

我々日本人は、検証嫌いですからね。歴史は常に勝者の書くものとなっているでしょう。

 

>こういう異常な歴史的経緯を辿り、私たちは今、一つの時代を終えようとしている。

 

歴史は繰り返すのではありませんか。

 

>これはどこまでも偶然と考えたいが、私の大学生時代に「明治維新百年」を国家のお祝い事として祝事を展開したのは、“長州政権”であった佐藤栄作内閣であった。>今、やはり“長州政権”ともいうべき安倍内閣が「明治百五十年」と銘打って全く同じことを行おうとしている。>安倍内閣が「維新」という言葉の使用を回避したのは、後ろめたさの表れであろう。

 

そうかもしれませんね。

 

>国民の目を他に逸らしておいて自ら総裁任期を9年に延長したこと、ロシア・プーチン大統領を長州に招いた上で北方領土への経済支援を開始したこと、選挙権年齢を18歳に引き下げたこと――これらは、すべて一つの政治目的、部分的な現状追認という小手先の改憲に向かって繋がっている。

 

そうでしょうね。

 

>さらに、「明治百五十年」祝典だけに満足せず、維新以降の軍国主義の基盤となった「皇民化教育」の基本テキストともいうべき「教育勅語」を閣議決定してまで容認し、「文化の日」を「明治の日」と呼称変更しようとしている。

 

祖先返りですかね。

 

>実質的にGHQ民政局が作成した憲法であり、占領地の現行法律尊重を求める「ハーグ陸戦条約」に抵触する、存在するだけで国際法に違反している現憲法は、速やかに廃止されなければならない。>しかし、検証の対象当事者である“長州内閣”にそれを行う資格があるとは思えない。

 

廃止をする適当な責任者がいますかね。存在するのか、作るのか。それとも、無い物ねだりをするのか。

 

>再び司馬遼太郎氏の造語を借用すれば、安倍内閣とはもともと美しい歴史を紡いできた大和民族の永い歴史を、短期間に再び醜く汚そうとする「異胎」と呼ぶべきであろう。>何がこの「異胎」の台頭を再び許したのか。

 

許すも許さないもない。日本人には、意思が無いですからね。あくまでもすべては自然の中にあります。

 

>それは、官軍教育、GHQ教育という二つの異常な歴史教育を全く検証してこなかった私たち市民の怠慢であるといえるだろう。

 

自然と呼ぶか、怠慢と呼ぶか、それは考え方の分かれ目になりますね。

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数23 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/11/11 20:15
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