2017年12月06日(水) 

 

>慰安婦像問題はもはや誰もが聞いたことのある社会問題だろう。

 

そうですね。

 

>この問題は、第二次世界大戦中に日本で行われた「慰安婦」という制度が、海外では「性奴隷」として捉えられ、日本がいくら説明しても、それは海外から見たら言い訳にしか聞こえず、胡散臭さが増していく、という構造になっている。

 

言い訳は、役に立たないでしょうね。

 

>なぜ日本の言い分が聞いてもらえないか。>それは日本人の、言わなくても相手の意図を汲むという潮流と、アジア人特有の起承転結での説明が原因だという。

 

以心伝心・不立文字。他力本願・神頼みですか。事の次第・自然の成り行きだけを述べても理解は得られないでしょうね。

 

>海外では性差別は本能的に拒絶してしまうタブーであり、その内容であることがわかった時点で、もう「性差別」という強烈なイメージが先行し、他の話を長々としても意図が伝わらない。

 

性差別から話をそらすことは難しいでしょうね。

 

>この問題を解決するのは、あたり前のことだが、相手と共認出来るまで根気強くコミュニケーションを取ること。

 

阿吽の呼吸ですかね。なーなー主義ですか。期待が持てませんね。

 

>意図が伝わっているだろう、と思い込んでいたり、伝わった雰囲気になることは往々にしてあるが、日本人はそこで満足してしまう。

 

意図は意思の内容ではなくて、恣意 (私意・我がまま・身勝手) のことでしょうね。恣意は、文章にはならないから、単語 (片言・小言・独り言) のままでいる。文章にならないものは、考えではない。だから、理解の対象にはならない。そこで理解は得られない。代わりに気分・雰囲気を忖度 (推察) することになるのであるが、忖度は自分勝手な解釈であるから、忖度した当人の責任になる。相手には関係が無い。

 

>どんな相手とも共認形成を取っていかなくてはいけない時代だからこそ、相手との意思疎通に手を抜かず、最後まで詰め切る覚悟が常に必要となる。

 

日本人には、意思 (will) が無い。意思は未来時制の文章内容であり、日本語文法には時制 (tense) というものがないから、日本人には意思が無い。

意思がなければ、意思の内容を提示することも不可能であり、理解されることもあり得ない。だから、相手との意思疎通もあり得ない。そして、信頼も得られない。内容も理解されずに、なーなーとなる。’信なくば立たず’ で、不成立になる。

海外でも納得されるように謝罪するしかないでしょうね。自己流は怪我の基になるでしょう。

一番の基は、日本人に意思が無いことでしょう。自分に意思が無ければ、加害者意識は生じません。加害者意識は罪の意識ですから、罪を感じたら謝罪することになります。罪の意識のない人が謝罪すると自虐行為になって、相手の納得も得られません。罪の意識のない相手を見れば、恨みは募るばかりです。真摯な反省の態度を示すことが難しい。この点を心に留めておく必要があります。

 

 

 

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閲覧数36 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/12/06 23:29
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