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2018年02月07日(水) 

 

 

>本当の国際化は、国土の特質を見誤らず、それに沿った国を作り上げることである。

>大阪日日新聞 「現論」田中優子氏より

>==================================================================

(略)

>この4月から大学の学部長という職に就いている。>この職は、総長が主催し理事たちが臨席する学部長会議に出て、大学全体の方針を議論し、それを学部に持ち帰って教授会で討議し、学部の意志を再び学部長会議に反映させる、という仕事である。>いくつもの委員会に参加し、入試を統括するなど無数の仕事があって、それをゼミや研究プロジェクトを動かしながら行う。>ほとんど曲芸のような毎日だ。

 

ご苦労様ですね。

 

>いわば大きな全体組織と学部という部分組織との調整役であるが、企業と違って命令系統が無い。

 

大学は、利潤追求で一丸となるわけにはゆきませんね。

 

>個々の大学教員は小さな商店主のようなもので、それぞれ異なるお店を出している。>利害が一致しない上に自分自身の主張を持っている。

 

人気を得た主張が学内に反映されますね。

 

>そのコンセンサスを得て学部長会議で主張する。

 

コンセンサス民主主義ですか。主導者は不在ですか。

 

>ここでも、学部の特徴と大学全体のバランスが重要だ。>キャンパスや学部の特質を抑え込んだら、新しい挑戦のない、ずいぶんつまらない大学になってしまう。

 

個人の持つ個性を伸ばすのが、大学の使命ですからね。キャンパスや学部の特質も個人により作られます。

 

>一方、大学当局は文科省その他の評価を受けながら生き延びている組織であるから、ある程度は国家の枠組みに沿う方向で全体をまとめねばならない。

 

個人の自由よりも、国家・政治家の自由ですかね。

 

>かといって大学が国家統制のもとにすべて同じようなものになれば、学生の活気もなくなる。

 

兵学校のようなものに成りますか。

 

>このように、組織が活気をもち続けるには、全体に巻き込まれることなく個々が巻き返し続け、しかも混乱をきたさない程度の秩序を保っている必要がある。

 

個人主義と全体主義の相克ですかね。

 

>世界と国家、国家と地域、地域と町村、あるいは国家と大学、大学と学部、学部と個々人など、そのバランスは普遍的課題だ。

 

そうでしょうね。

 

><9月入学>

>ところでこのところ、分科省や経済団体から大学に示される最大の方針は「国際化」である。>この場合の国際化とは、英語で仕事ができる学生を増やし、9月入学にして留学生を倍増させ、世界で競争できる研究者を輩出するという圧力だ。

 

英語での表現力は必要ですね。

 

>英語は確かに便利であるし、様々な国と交流するのは必要なことだ。

 

そうですね。英語は便利な第二言語ですね。

 

>しかし何かおかしい。>そもそも「国際」は「国」があってのことである。

 

そうですね。’読んで字の如し’ ですね。

 

>個人と個人が同じでないから会話して楽しいように、国と国とが異なる文化を持ち、異なる教育や宗教や価値感や生活習慣を持っているからこそ、互いを知ることに意味がある。>が、国際化という言葉にはそれは入っていない。

 

国際化は、国家と国家の交際ですから、国家の存在することは前提条件でしょうね。

 

>やはり明治時代以来の欧化政策であって、日本学をちゃんとやれ、という指示は来ていない。

 

してみれば、猿まねの奨励策ですかね。

 

>私は国際化の基本は、日本の歴史や文化や国土の特質を理解し、それに基づいて日本をマネジメントできることだと思っている。

 

そうですね。自主独立が基本ですね。

 

>単に日本人自身が喜ぶように理解することではなく、戦争責任の取り方や地震国であることを念頭に置いて、国のありようを思想として語る能力である。

 

思想として語ることは大切ですね。日本人には、考えが無い。だから、語ることも難しい。

 

>他と同じになろうとしたら、その能力は育たない。

 

そうですね。だが、自分自身に考えが無ければ、付和雷同するしかない。

 

>他人の土俵で競争ばかりしても思想が形成されないのと同じである。

 

自己の考えのない論客は、受け売りの専門家となるしかない。すると、彼らの議論は不毛になり、思想が形成されることはない。

イザヤ・ベンダサンは、自著<ユダヤ人と日本人>の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。

 

評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)

 

>本当の国際化は、国土の特質を見誤らず、それに沿った国を作り上げることであろう。>脱原発こそ、その第一歩だ。

 

そうですね。同感です。国の特質の研究発表が必要ですね。

 

 

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閲覧数106 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2018/02/07 11:18
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