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2018年02月26日(月) 

 

 

>文系と理系の卒業後の進路の性質を比べると、理系は真面目に勉強した方がいいが、文系は必ずしもそうではないことが分かると思います。>つまり、文系に対する「文系は勉強しない」という批判はあまり正しくないのかもしれない。>大学は本分としては勉強をする場だが、大学と言う場をそれだけの利用以外に価値を見出して、その価値に沿った利用方法をしている人が増えてきたということです。

 

大人になっても、‘考える人’ になる必要が無いのですね。

 

>高校なんてもっと分かりやすいと思います。>高校は義務教育じゃないが、ほぼ全員と言っていいほど通っています。>でも、多くの人は真面目に勉強はしていないと思うし、したくないと思っている人が多いと思います。>何故か?>義務教育じゃなくても通わないといけない事情があるからです。>中卒じゃお先真っ暗という社会状況があり、最低でも高卒くらいは学歴がないと、仕事を探すときに非常に困る。>実際、中卒と高卒に差があるか?といえば、私はそんなにあるとは思えないが。

 

そうでしょうね。単純労働の場合は、そういうことになるでしょうね。

特亜三国 (日本・韓国・中国) は、本当に教育が行き届いていますね。急速に世界の工場にのし上がる能力がありますね。

これがアフリカあたりになると文盲が多く、人手不足はあっても彼らを雇って工場の装置に手を触らせることが出来ないそうです。ですから、人は大勢いるのですが、人手不足は深刻なのだそうです。

 

>しかし、この場合でも高卒資格さえあれば良いのであって、そこでの勉強態度とか、成績とか、そういった考慮されない。>高卒資格さえあれば、とりあえず中卒のような扱いは受けない。>だから、真面目に勉強しなくたって、高卒資格が手に入るならば、そもそも義務教育じゃないのに、半ば仕方なく通っている人からしたら、そう行動するに決まっているという話であって、現実の高校生は恐らく多くがこれでしょう。

 

‘仕方なく’ ですね。知識欲はないのですね。

 

>大学受験を意識している人以外は、勉強する意味はそんなにないのですし、勉強したことが後々生きることがそんなにないので、そこでの努力が無駄になってしまうと感じる人が多いのではないでしょうか?

 

あまり努力が無駄になったとぼやく人を私は聞いたことがありませんが、ほんとにそうですかね。

 

>■大学の教授の中にもそういう人たちはいる?

>だから、「大学に通っているのに勉強しない」という批判に対しては、まず大学に通って卒業を目指すメリットがあって、そこに卒業するためには勉強しなくてもなんとかなるという現実もある。

 

もったいない現実ですね。初めから、大学には学びたい科目が存在しないのですかね。

 

>その2つが重なった場合に、将来のこと、合理性を主に考えて生きている人は勉強しないで、卒業を目指すという行動をとるのでしょう。>大学側はそういう学生の本音をどう見ているのか?は分からないが、大学で勉強を教えている教授も案外同じような感じではないのか?とすら思えてきます。

 

将来と合理を考えて生きているということですかね。大学の勉強には、将来と未来が学生にも教授にも無いのですかね。大学の形骸化ですか。

 

>彼らは別に学生に勉強を教えたいとはそんなに思っていないのではないか?と。>全ての教授がそういうわけではないでしょうけど、特にレポートを課して成績評価する授業は、単に教授がサボりたいから。という批判もあります。

 

サボリが流行りですね。論文の審査が一番論理的で確実だと思いますがね。

 

>レポートはどの大学のどの授業でも普通にでる試験のやり方だが、特に非常勤講師の働き方が厳しいと問題視されている昨今では、彼らにとってみたら、疲弊するような毎日を送っていながら、給料が安いなら、そりゃ手間のかからないレポートを課して、試験と成績評価を簡単に済ませてしまおうとする人がいても頷けてしまいます。

 

そうですかね。学究心というものは、存在しないのですかね。

 

>大学生の一部と教授の一部の利益が一致している面もあり、文系の大学生活の過ごし方は今後も変わらないと思います。

 

そうですね。この教授があって、この学生があるということになりますね。

 

>文系が勉強しないことを問題視するのであれば、勉強しないで卒業することが、彼らの人生にとって1番効率的な生き方になってしまう社会状況を問題視した方が良いでしょう。

 

そうですね。社会状況は、問題ですね。無哲学・能天気である我が国の風習に問題がありますね。

現実の内容は、頭の外にあります。その内容は、見ることが出来ます。’嘘・本当?’ の ‘本当’ になる。正しい答えは一つしかない。異口同音により、自己の正しさを確認できる。だから、頼りになる処世術であります。

非現実 (考え) の内容は、頭の中に在ります。見ることが出来ない。ただの話である。’嘘・本当?’ の ‘嘘’ になる。だから、日本人は、考えることが出来ない。誰しも、嘘つきにはなりたくないからである。それで、我が国からは考える人が出ない。考えることが、日本人の勉強になっていないから、学校が形骸化する。

全ての考えは、文章になる。文章にならないものは考えではない。矛盾を含まない文章は全て正しい考えを示している。だから、考えの正解は一つではない。多数である。この状態を保つために、日本人としては訳の分からぬ ‘個人主義’ という主義を標榜しなくてはならない。そうでなければ、考えのない人達ばかりで、付和雷同の民主国になる。だから、各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy.

 

>仕事において学歴は見た目の印象以外に、実質的な優劣を生むとはあまり思えない。

 

大学は、職業教育の専門学校ではありませんからね。教養 (哲学) をつけるための学校です。本人の人生のためにはなるが、仕事のためにはならないでしょう。特に無哲学・能天気の日本人社会においては、実質的な優劣は生じないでしょうね。

人の信頼は、’あるべき姿’ の上に成り立っています。つかみどころのない人には、信頼が寄せられません。何事も、’信なくば立たず’ です。これには理系も文系もない。

 

>有名大学であれば、努力できる資質があるくらいの評価はできるかもしれないが。そういう偏見にも似た目が少しでも消えれば、そもそも勉強したくない人は大学にも、高校にも通わなくなるでしょう。

 

勉強したくない人には、学校は無縁でしょうね。誰しも嘘つきにはなりたくないですからね。

 

>-------------------------終了 

 

 

 

 

 


閲覧数83 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2018/02/26 23:07
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