1,312万kW/1,729万kW (04/20 16:45)
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2018年03月22日(木) 

 

 

>日本人は協調性があり、荒波を立てないようにしたり、主張が弱いという印象を持たれる。>実際もそうであろう。

 

‘なーなー主義’ ですからね。’和をもって貴しとなす’ ですか。’無哲学・能天気’ ですからね。

 

>しかし、この激しい競争を繰り広げる国際社会で、仕事が飽和状態に近い国内で、生き残りをかけた戦いにおいてはやはりもっと危機感を持った人材、負けん気の強い人材がいなくては乗り切れない。

 

危機感をもって外国に飛び出していくのも危険を伴いますね。

 

> <><><><><><><><><><><><><><>

> 会社の危機に「いる上司、いらない上司」>リンク

>日本人は“劣化”しているのではないか。>ここ数年、そんな気がしている。>当社の若い社員にもそれを感じる。>みなそれなりに頭がよく、要領もいいし、礼儀正しく素直だ。

 

如才がないのですね。

 

>だが、どうもおとなしくて覇気が足りない。>これでは競争になかなか勝てないだろう。>ビジネスというのは、言葉を換えれば、世界中のライバルと市場を取りあう「戦い」だ。>だから、絶対に勝ってやる、負けてたまるかという気迫や闘志が不可欠だ。

 

意地・根性・大和魂ですか。

 

>ノウハウだけでは戦いには勝てない。

 

先の大戦では、日本人は、精神力でアメリカ人に勝っていた。だが、物量・ノウハウの点で劣っていた。

 

>戦いこそが社会の基本原理であるなどといえば、日本では眉をひそめられがちだが、こんなことは海外では常識だ。

 

>富士フイルムHD会長 古森重隆氏

>先日、北京大学で講演を行った際も、あらためてそれを感じた。>みなひと言も聞き洩らすまいと目がギラギラしているし、講演後も次々と質問をぶつけてくる。>競争に勝つためにみな必死なのだ。

 

そうですね。彼らには、くじけちゃならない人生が、もう始まっているのですね。

 

>これは中国に限ったことではない。>韓国もインドもみんなそうだ。>そういう強烈な向上心や上昇志向を持った外国人たちと戦って勝ち続けることが、果たしていまの日本人にできるのか、正直私は危機感を覚えずにはいられないでいる。

 

そうですね。でも、彼らは社畜になるために必死になっているのではないでしょう。より良い条件を提示されれば、すぐそちらの側に移籍するでしょうね。

 

>日本は依然として世界第3位という経済大国の一角を占めているが、決して盤石の強さを誇っているわけではない。>国民がチャレンジ精神を忘れ、もうこの程度でいいと油断していたら、あっという間に他の国に追い抜かれてしまうだろう。

 

そうですね。経済戦争では、油断も隙もありませんね。

 

>とくに心配なのは、有事を任せられるリーダーの人材不足だ。

 

そうですね。有事の際には、有能な指導者が必要ですね。意思のあるところに方法 (仕方) がある。日本人には意思が無いので、方法もない。仕方がないので、諦める。淡泊である。

 

>日本には、波風を立てるのを嫌い、みんなの意見を聞いて多数決に従うような学級委員タイプのリーダーが実に多い。>平時はそれでもいいだろう。>だが、会社が危急存亡の秋(とき)にあるような事態において、そんなリーダーで乗り切れるわけがない。

 

そうですね。優柔不断・意志薄弱では、どうにもなりませんね。

 

>私が社長を引き受けたのは、まさに富士フイルムが生きるか死ぬかの瀬戸際だった。>なにしろ就任した2000年から、営業利益の3分の2を占めていた写真用フィルムの売り上げが、急激なデジタル化による市場の縮小で、毎年25~30%ずつ減少していったのである。

 

大変なことですね。

 

>しかし、私は臆さなかった。>「この危機を乗り越えるために生まれてきたのだ」と自分を鼓舞し、失敗したらそれこそ腹を切る覚悟で、会社の変革に着手したのである。

 

大したものですね。貴方には、’くじけちゃならない人生’ が始まったのですね。

 

>世界の激しい変化の中で、使命感を持って決断するリーダーを、次世代にも育てなければならない。

 

そうですね。責任感に裏打ちされた使命感が必要ですね。日本人には、責任感が無い。この国がひっくり返った時にも、責任者は出なかった。とかく、この世は無責任です。

 

>若者がガツガツしなくなったのは、社会が豊かで成熟したからだという人もいるが、私は、それだけではないと思う。>むしろ、競争をよくないものとした「戦後の教育」こそが諸悪の根源だといっていい。

 

没個性的な競争が望ましくないということではないでしょうか。

 

>運動会で全員が手をつないでゴールするようなことをやっていたら、「負けてたまるか」「なんとしても勝ってみせる」という気概を持った人間が育つはずがないのである。

 

それもそうですね。

 

>それに、競争を否定する生ぬるい社会では、意欲だけでなく能力も劣化せざるをえない。>その兆候はすでにいろいろなところに表れている。>たとえばクルマの運転をみても、信号がない場所で、グズグズしてなかなかクルマの流れに合流できないドライバーが多くなっている。

 

運転技術の問題ですかね。

 

>そういう社会生活を送るうえでの基本的な行動が、明らかに鈍くなってきているのだ。

 

あくせくする生活が無くなったのではないでしょうか。

 

>会社でも同じようなことを感じる。かつての日本の組織は、上の指示が多少まずくても、現場の業務遂行能力が高かったため上司の判断を補うことができていた。

 

部下の忖度 (推察) により、上司の能力が補われていたのですね。

 

>それが、最近は怪しくなってきている。

 

そうですね。最近、問題を起こしていますね。忖度は、聞き手の勝手な解釈ですから、上司には責任が有りません。それが問題です。上司にも、個人の力量が問われる時代になったのです。

 

>私たちの時代は、ひとたび課題や目標が決まれば、それがどんなに厳しいものでも、死力を尽くしてやり抜き、達成しようとするのが当然だった。

 

タコつぼを死守する皇軍の兵士の様なものですね。個人の命も犠牲になりますね。

 

>いまはその部分が非常に甘くなってきている。>できない理由を述べてそのせいにする。

 

本人に意思が無いのでしょう。意思は未来時制の文章構文であり、日本語文法には時制というものがないので、日本人には意思が無い。意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 意思のない人には方法がないので、仕方なく諦めている。意思がない人には能動がない。受動ばかりの生活であるから、何事も他人のせいにする。だから、他人は実にうらめしい。

 

>しかも、いろいろ話をきいてみると、どの会社もみなそうらしいのだ。

 

いずこも同じ、日本の会社ですね。

 

>これは、人間として、ビジネスパーソンとしての基盤となる力が弱くなっているからにほかならない。>困難な業務に立ち向かい結果を出すには、たくましい心と体が不可欠なのに、それが十分には養われていないのだ。

 

それは、そうですね。

 

>いまの若者は学生時代、受験勉強ばかりで本をあまり読まない。>社会人になっても読むのはノウハウの書かれたようなものばかり。

 

そうですね。受験本とハウツーの書ばかりですね。これでは、教養人にはなれませんね。

 

>私たちが若いころは、歴史書や哲学書をむさぼるように読み、それによって頭も心も成長していった。>また、子供のころから競って体力の養成を図ってきた人も多い。

 

筋肉トレーニングは、最近盛んになりましたがね。’昔はよかった’ は、年寄りの口癖ですね。

 

>そういう経験が足りないから、いざというときに底力を発揮し、がんばり抜くことができないのだと思う。

 

くじけちゃいけない人生が、なかなか始まらないのですね。

 

>基盤となる力は、本当は学生時代までに身につけておくべきなのだが、それをやらずに社会人になったからといって、手遅れということでもない。>20代、30代なら遅れを取り戻すことはまだまだ可能だ。>まずは半年間、自分の生活のことは忘れ、会社のためだけに120%の力で働いてみる。

 

社畜になるのですか。若者の受けは、良くないでしょうね。

 

>そうすれば、本気になれば、どこまでできるかや、会社に対しどれくらい貢献できるかが実感としてわかるようになるだろう。

 

それは、そうですね。

 

> <><><><><><><><><><><><><><><><> 

 

 

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閲覧数565 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2018/03/22 23:56
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