>──東京の未来を考えるために、ぼくたちはどんなことを考えていかなければいけないのでしょうか。
今の日本は、人手不足です。だが、頭脳不足という話は聞いたことがない。私たちは頭脳を活用する必要がありますね。遠い未来に東京が行き着く先の内容を考えることが大切です。天下の秀才ばかりでは、どうにもならない。
>いま必要なのは、価値観の再編集・再定義だと思います。
考えの内容は、個人個人で違っています。それぞれの個人的な内容を大切にする社会としての習慣が必要ですね。そうすれば、個人の価値観を保護することができます。
>グローバル・ローカル両方の目線から将来を想像して、「何が大事なのか、何をつくり、何を捨て、何を守るのか」の基軸になる価値観を整理し直すことです。
そうですね。個人の頭を使うことですね。’我々はどこから来たか’、’我々は何者か’、’我々はどこに行くのか’ の哲学的命題に個人としての答えを出してみることが必要ですね。
>オリンピックは、それ自体は一瞬で終わるイヴェントであり、それを目指して都市をつくるものではありませんが、そうした価値観の整理のためには大きなチャンスに思えます。>その行為こそが、都市計画のいちばん中心にあるべきものなのです。
そうですね。このチャンスを利用して、オリンピック記念都市でも建設できると良いですね。
>さまざまなものが雑多に共存する都市でありながらも、同時に一人ひとりの人生にとって、あるいは世界から見て、東京や日本の価値がどこにあるのかという価値観を整理してもつべきです。
そうですね。価値は一人ひとりで違いがありますね。その一つを表現できれば、東京や日本の個性的な価値を示すことができます。
>その上で、テクノロジーと資本のダイナミクスを見通しながら、具体的なアクションに落としていく。>そのとき大事なものは、一言で言えば「ここ(東京)にしかないもの、ここならではの文化」だと思います。
そうですね。個性的なものが必要ですね。個人の考えを宝と認め、知的所有権に金をかける習慣が必要ですね。
>それは古くからあるものだけでなく、いまはまだちゃんと理解されていないような新しいものも含めてです。
そうですね。いろいろな内容があるでしょうね。個性を尊重する社会にしたいですね。
>日本では建築や都市計画に関するルールのデザインが最適化されているとは思えず、このままでは生まれるべきものが生まれず、なくしてはならないものがなくなっていく心配があります。
残念なことですね。日本人の没個性が障害になっているのでしょうね。没個性に由来する心配は、すぐには解消しないでしょうね。
>他の都市にはまだないヴィジョンを共通認識としてもち、価値観やルールを同時にアップデートしていくことができれば、東京の未来はよくなると思います。
そうですね。考えの内容は、個人個人で違いますからね。我々日本人には、個人を大切にする習慣 (個人主義) が必要ですね。それぞれが個人の内容を公開し最も人気のある内容を共通の価値として容認できれば、他の都市にはまだないヴィジョンを東京は示すことができます。 ぜひ、この方面の教育を盛んにしたいですね。
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