8月6日のkata0133日記へのコメントと関連です。 原爆についてもシベリア抑留についてもアメリカやロシアへの恨みの言葉が日本人から出てこないことはすばらしいです。しかし、日本人は従順且つ自己抑圧的で人を恨む心が本質的に出て来にくいのでしょうか。ある意味ではかっての日本人の美徳だったように思います。しかし最近の日本人については私は必ずしもそうは思っていません。 いくつかの殺人事件(過失致死や無過失致死でもいいですが)において、遺族が犯人の極刑を望むような発言を新聞で読んだりして、憂鬱な気分に襲われます。大昔は兎も角として現代の裁判は再発防止を目的としてふさわしい刑罰を与えるために行われるのであって、怨恨を晴らすことでは無いはずです。遺族の恥ずかしい感情的、非理性的な発言を聞いて、従順だと思っていた日本人は何時の間にこんな性格に変わったのだろうと嘆かわしく思っています。 一部を除いて復讐裁判としか思えない東京裁判や、幾度となく謝罪しても過去の日本を責める中国や韓国に影響されたのかしら…と思ったりもします。 しかも司法自体が被害者参加制度などと被害者におもねる制度を取り入れようとしている。これはおかしいことは http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 に書きました。 このような制度も遺族に復讐心をかき立てるものと考えられ、「目には目を歯には歯を!」の時代が甦ってきそうです。 嫌な予感。 |