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2012年08月05日(日) 
   毎年開催するヒュンフ・イッヒ作品展の本年度の打ち合わせをやりました。

   その時に静岡県立美術館で開催の第77回 静岡県版画協会展示されたKM氏の版画(これは並はずれて大きなもであった)をKD氏が労作…と褒めました(KD氏の積もりでは)。

   KM氏は、KDさんは悪気はないことが判っているので構わないが、相手の作品を労作と云うことは、褒めたことにはならず、むしろ逆のことが多いから使い方に注意した方がいい…と忠告。

   私も驚きましたが、考えてみると、苦労した作品…旨の意味があるだけで作品の出来映えの評価ではなさそう。

   ググッて見ると「労のみ多く益なきつくり」…と芳しくない表現であることをハッキリ云っている人もあります。
http://www.mogeworkshop.com/blog/blosxom.cgi/diary/…070714.htm

   「労作、で片づけるのは失礼な意欲作」http://d.hatena.ne.jp/okatake/20120517/
との表現もある。

   「名作」は名の通った作品、「傑作」「佳作」「佳編」「秀作」 は優れた作品、「労作」は苦心の作品、「力作」は力をこめて作った作品、「大作」は大規模な作品。

   何の苦労もなしに作ったら、傑作だった…というのが一番いいのでしょうね。

   私も今度からオベンチャラを云うときは用心しよう。

閲覧数5,639 カテゴリ日記 コメント9 投稿日時2012/08/05 11:50
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コメント(9)
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  • 2012/08/05 13:49
    イアンさん
    >「労作」は褒め言葉?

    必ずしも褒め言葉ではないようですね。

    でも私は褒め言葉として使って来たように思います。
    使われる世界や文脈に依るんではないでしょうか。

    因みに小中学生(私レベル)用に評価の高い小学館・国語辞典(金田一京助編)では、〔労作=くろうして作ること、またはその作品〕となっています。
    今後少しは気を付けるようにしますが、やはり褒め言葉的に使うことが多いでしょうね。
    次項有
  • 2012/08/05 14:46
    NOSSYさん
    広辞苑では「骨を折って作ったもの。力作。」となっています。
    同じく力作は「力を込めて製作した作品。労作。」となっています。
    ほめ言葉でいいのではないでしょうか。
    次項有
  • 2012/08/05 19:14
    鉛筆コッチさん
    イアンさん, NOSSYさん

       コメントありがとうございます。私も褒め言葉として使って来ました。使用例では褒め言葉の方が多いと思います。

       家内が持っている類語辞典(芝田武、山田進 編集  講談社2002年発行)の記載は
      【労作】 苦労して作った作品。「この作品は傑作とは言い難いが、まあ労作といったところか。」

       となっています。貶し言葉ではありませんが、チョッピリ褒めることばか。



       またウエッブで捜したら、シューベルトの歌曲「冬の旅」についてベートーベンの発言として次のような記載も見つけました(書いた人の創作でしょうが)。労作とい言葉は使っていませんが、苦労と作品の出来映えとは別ものと見ているように思えます。

    ベートーヴェン; この曲を作った人は甘ったれだ。
     喜びに満ちた幼少期を過ごしている。
     よほどかわいがられて育ったのだろう。自らも楽しみつつ、人々を喜ばせることを心得ている。

     この曲は作曲者の人柄に似て、多くの人に愛されるだろう。
     喜、怒、哀、楽、何を表現しても、わかりやすく、取っつきやすく、親しみやすい。
     この作曲家は自分の感情に素直な人だ。

     この人はたくさんの作品を残したのではないか?
     これは苦心の末に誕生した作品ではない。思いつくままにペンを走らせ、軽く仕上げている。完成までの道のりが安易だ。

    「ものは言いよう」で、労せずして素晴らしい作品を作ったともいえるし、あまり練り込まずにたいしたことのない作品を量産したともいえる。
     だが、一定の水準はクリアしているし、大衆が受け入れるに値する作品ではある。
     この人の残した作品に届かず、この世を去った作曲家は数多くいる。 


      KM氏のように物知りでチョット臍曲がり気味な人に使うとむくれることもある…と思われるので、使わない方が無難に思えます。


    次項有
  • 2012/08/05 23:02
    CONTAXさん
    コッチさん、
    私は師が弟子の作に「彼の労作で・・・」と使う言葉と言う印象を持っています。(私は先生からそのように言われたことがありますので・・・)
    その場合、私は褒め言葉と受け取っていました。

    言葉の意味と使う人の相互関係によって意味が変わるのではないでしょうか。
    次項有
  • 2012/08/06 00:32
    鉛筆コッチさん
    CONTAXさん

    そうですね、相互関係によるかも知れませんね。

    作品自体は褒める程ではないが、やはり何か褒めてやりたい…という時に使うのかも知れません。発言者が皮肉屋ではなく、聞く方が素直な人の場合にそうなりそうです。辛辣な酷評家の場合は意味が変わってくる…。

    我がKM氏は機嫌が悪いようでしたが、一般的(私も)には褒めて貰った気になりそうです。
    次項有
  • 2012/08/06 12:55
    私もCONTAXさんの仰るニュアンスが近いように思います。
    おそらくKM氏は制作する者の気持ちとして苦心して制作したものの作品にはなからなかったり、あるいは芳しい結果を出せなかった場合のこと良く解ってらっしゃる(経験してられる?)方でしょうね。
    作品としての評価より、お疲れさんと、労ってるだけるみたいにとられたのでしょう。
    誰にいわれるか、それぞれ立場によって受け取り方は違ってくると思います。
    次項有
  • 2012/08/06 18:29
    鉛筆コッチさん
    エゴコロさん

    やはり師が弟子にいうのが適切な使用法ですかねえ。私は師についたこともなければ弟子をとったこともないので、微妙な所はよくわかりません。

    二人の関係;3年程若いKM氏はかっては写真をやっており、定年後に版画に転向、写真や絵画について一家言ある男です。一方、労作発言のKD氏は定年後に写真を始めた気配で、やや初心者的で気の弱い人です。

    後輩的なKD氏に労作…といわれてKM氏は気にしたのですかね、別にむくれたわけではありませんでしたが。

    面白そうですから、来月ある次回打ち合わせで、私が誰かの作品を労作と評してみようかしら。ちなみに私はKD氏より更に五歳年上のもめ事大好き人間です。


    次項有
  • 2012/08/07 12:13
    MIYUさん


     「労」という漢字「ねぎらう」って読みますよね。

     やや「上から目線」なのは否めないと思います。


     

     
    次項有
  • 2012/08/07 23:50
    鉛筆コッチさん
    MIYUさん

       労を「ねぎらう」と読むことを知りませんでした。「ろうをねぎらう」は「労を労う」と書くのですかね。

    ねぎらう:目下の者や同輩の苦労や骨折りに対して、感謝する。

       目上には使わないそうですね。

       労作の場合、作品がひどい駄作の場合は感謝するわけにも行かないだろうから、見せて貰ったことに感謝できる程度には優れていることになる。

       そうすると我々の場合、KM氏は初心者のKD氏から目下と見られたことに反発を感じたのかもしれませんね。彼の説明は間違っているわけです。

       スッキリしました。有り難うございました。


    次項有
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