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山城・今日この頃 記事アップ用の「久御山町 東一口(ひがしいもあらい)」
「久御山町 東一口(ひがしいもあらい)」の書込一覧です。
久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
【閲覧数】145
2021年03月24日 09:03
東一口は久御山町の北部の、かつては宇治川、木津川、桂川が流入する巨椋池の入り口に位置している。
集落は東西に細長く(東西1km、南北100m程)南北を古川、前川(巨椋池排水幹線)が流れ、かつての島あるいは大池堤の名残を想起させられる。

古くは漁村として、周辺三か郷(小倉村、弾正町、三栖村)と連帯して、漁業権を持って巨椋池周辺の漁業を独占してたと云う。
江戸時代(1788年)には、東一口村の与惣右衛門が四か郷を統括する役につき、山田という「苗字」、「帯刀」を賜った由。
また山田家は御牧郷十三か村をまとめた大庄屋でもあったと云う。

その「旧山田家住宅」が集落の中ほどにある。
平成22年に長屋門・長塀・主屋が国の登録有形文化財建造物に登録されています。
(建築年代は江戸時代後期(18世紀末~19世紀初頭頃)と推測されている。)
 ・開館日:毎月の第1木曜日、第2土曜日、第3日曜日 時間:9:00~正午
 ・問合せ先:久御山町教育委員会社会教育課

集落の北側の前川堤は以前から桜の名所ですが、10年ほど前に水路改修した際に一部が若木に植え替えられました。
写真は23日に撮ったものですが、若木が先行して三分咲きくらいでしょうか。

(参考資料:久御山町史、旧山田家住宅パンフレット)
(写真)長屋門、式台を備えた主屋玄関、前川堤の桜並木

浮き雲

書き込み数は4件です。
[ 日付順 ] [ 投稿者順 ]
Re: 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
【返信元】 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
2021年03月30日 17:34
素晴らしい纒になりましたね。
Re[2]: 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
【返信元】 Re: 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
2021年03月29日 17:47
 今日、絵のサークルで「東一口歴史散歩」というイベントがあり歩いてきました。高尚なものではなく、サークルのメタボ実感者が時折散歩しようというイベントです。
 子記事で予習をして行ったので誉められました。

 桜が満開になっていたので、お礼にアップします。巨椋池排水施設の付近です。
Re: 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
【返信元】 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
2021年03月27日 16:17
27日の桜の状況です。ほぼ満開かな?
Re: 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
【返信元】 久御山町 東一口(ひがしいもあらい)
2021年03月24日 09:07
(補足事項: 調査メモ)

(1)東一口は、天正17年(1589)頃に「淀魚の市」から現在の地に
   立ち退いて出来た村と云われる。
(2)宇治川、巨椋池に係わる大きな工事、出来事
  ・秀吉による宇治川迂回河道の新設(槇島堤)、小倉堤の構築…文禄3年(1594)
  ・木津川の付替え:明治元年(1868)~3年
  ・淀川改修工事:明治29年(1896)~43年 ⇒ 巨椋池は独立の湖沼となった。
  ・三川合流点の付替工事:大正14年(1925)~昭和5年
  ・巨椋池の干拓:昭和8年(1933)~16年
  ・宇治川大水害:昭和28年(1953)
  ・巨椋池排水機場の全面改修・幹線排水路などの改修:平成9年(1997)~平成19年
(3)地図などの説明図
  ・江戸時代と思われる地形図(旧山田家の展示)
  ・(図12):淀川の改修(三川合流点付近の河道付替)(久御山町史)
  ・明治42年測量図(旧山田家の展示)

(参考資料:久御山町史、宇治市史)