1,482万kW/1,800万kW (04/19 19:10)
82%
2020年08月22日(土) 

 

>立民と、民民から宿を移すヤドカリ議員が形成する「帰ってきた民主党」

(略)

>国会を開けと要求しながら、彼らが提出した臨時国会召集要求書には「新型コロナウイルス感染症に対し、「国民が一丸となって立ち向かっていくためには、国権の最高機関である国会を召集し、国民の英知を結集させるしかない」と書いている。

>要するに、彼らは自分では何の提案もせず、「英知を結集させよ」と他人事のような態度で政府に国会召集を要求しているのだ。  

 

そうですね。日本人の頭には非現実 (考え)の内容がない。  

 

> さて、国民民主党の分党と立民党への合流騒ぎだが、昨日同党が両院議員総会を開き、党の解散と立民党への合流が可決された。 >62名の参加議員のうち、賛成が57という多数だったようだ。

(略)

> 維新の松井代表は「選挙が近づいてきたら金と票をどうやって確保するかが狙い。>あさましい」「帰ってきた民主党だ」と批判したが、全くもって言い得て妙である。 >小池百合子が希望の党を結成した際、旧民進党の議員らが希望に拾ってもらうことを好んで是としたのは選挙のためだ。

>小池の顔で選挙に勝てると思ったのだ。 >ネズミの大移動はこうして展開したが、彼らは小池の「排除」という発言をメディアが「失言」(実は失言でもなんでもないのだが)だと騒ぎ出したことに乗じて、実質的に党を乗っ取った。 >そして今度の立民党との合流だ。 > 彼らはネズミというよりヤドカリに近い。>自分たちで作った党にもかかわらず、選挙に勝てる見込みが立たなければその古巣を簡単に見限り、新しく規制する宿を探す。>そこには政治理念とか信条などはまったくない。

 

そうですね。政治家には、政治哲学が必要ですね。 我々は、無哲学・能天気ではいられません。    

非現実 (考え) の内容は、英語では時制 (tense) のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観 (world view) と言われている。世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその白紙の内容を埋めて行く。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実の内容を批判すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になる。  

日本語には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。マスコミも現実の内容をただ単に垂れ流す。だから、個性がない。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、相手からも信頼されることもない。未来社会の建設にも協力者が得られない。かくして、日本人は国際社会に貢献する度合いが限られる。  

 

>大多数の議員の合流とともに移動する資金は、ヤドカリの持参金だ。 > 口を開けて待つ立民党に合流する民民党のヤドカリたちは、即ち、選挙のためなら共産党との協力をも是とする議員に他ならない。 >「大きなかたまり」は、皇室廃止を目論み、自衛隊を解体し、日本を日本でなくするために存在する共産党をも含むかたまりなのだ。  

 

序列社会のわが国では、皇室廃止は難しいでしょうね。  

 

>「それはそれ、これはこれ」という都合のいい言い訳は通らない。>立民党と合流する議員連中は、すべてこのパラメータで判断すべき議員なのだ。

 

そうですね。日本人には世界観がない。 

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’。 (あるアメリカの国務長官)  

 

> 合流新党は140人規模とも150陣前後ともいわれる。 >しかし、その内実は新党でもなんでもない。 >松井維新代表の指摘する通り、「帰ってきた民主党」だ。 

 

民主党議員は離合集散が激しいのですね。政治目的がなくて、政治の手段が目的化しているのでしょう。    

 

>彼らに政治のイニシアチブを取らせる悪夢を再び繰り返さないためにも、次の選挙で一網打尽にすべきである。

 

我が国民の ‘無哲学・能天気’ の根源を断つ必要がありますね。   

兎角問題の多い安倍内閣が政権を失わないのは、‘他の政党 (野党) よりも良さそうだから’ と考えて国民が否応なく現内閣を支持しているからである。だから、安倍内閣は間接的ながらに野党の協力を得て政権を維持しているともいえるわけである。  

安倍内閣が ‘信頼できない’ という結論は、’あるべき姿’ (非現実) と比較してのことである。だが、野党 (現実) と比較しての結論ではない。だから、野党 (現実) は自己研鑽を重ねれば与党 (現実) との比較に耐え得うる政党になるはずである。だが、野党が我を忘れて ‘あるべき姿’ と現内閣の比較に熱中すれば、自己の研鑽は達成されず政権は野党にわたることは無い。まさに、国民の悲劇である。 要は比較の問題である。各人に哲学 (非現実) は必要である。Everyone needs a philosophy.  我々日本人は、日本語と英語を良く学び、考え方の幅を広げなくてはならない。      

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数1,011 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/08/22 03:03
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
のがさん
[一言]
■最近のアルバム
■最近のファイル
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このアルバムのURL
https://www.sns.ochatt.jp/blog/blog.php?key=1206519