1,315万kW/2,004万kW (10/26 23:30)
65%
2020年09月19日(土) 

 

 

>277629 『学ぶ』中身を本気で考える時機に来ている  >橋本宏 ( 20代 会社員 )  13/06/10 PM10 【印刷用へ】 

>>共同体では、まず第一に、自然の摂理に学び、部族の歴史に学び、先人の経験に学ぶことが、根本規範となっている。(256228)

> >「民主主義は正しい」と信じ込まされた人々は、『まず学ぶ』という根本規範を踏みにじり、身勝手な要求を掲げて恥じない人間と化す。その先鋒となったのが、金貸しが生み出した共認支配の専門家たち=学者や評論家やジャーナリストである。彼らは現実と直対することから逃げて、もっぱら書物から学んで専門家となった連中である。(256228)

 

民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。 (チャーチル)  

 

> 「学び」は私たちの意識や価値観をかたちづけるものであり、「何を学ぶべきか?」その中身によって、社会の役に立てる意識が生まれるのか? >むしろ社会の弊害にしかならないのか? >その分岐点となる重要な選択です。

 

政治に関する考えは政治哲学になる。歴史に関する考えは歴史哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。 科学に関する考えは科学哲学になる。人生に関する考えは人生哲学になる。などなど。  

 

> 社会の役に立つ活きた「学び」とは、上記の文章にもあるように、歴史的な外圧状況⇒適応過程の進化の積み重ねと、そこから生まれた先人たちの原理や知恵(経験)です。

>①かつての外圧はどのようなものであったのか?(歴史的事実) 

 

天然痘  

 

>②その外圧を突破するための、原動力(活力源)は何であったのか? 

 

天然痘ワクチンの開発  

 

>③その外圧を突破するための、成功体験(原理)は何であったのか? 

 

WHOの天然痘根絶宣言・1980   

 

> 今、目の前にいる先人であれ、今は亡き先人であれ、私たちが学ぶべき対象は上記のような「現実に起こった壁(課題)」をどのように突破してきたのか?という歴史体験とその構造です。

 

イギリスの医師、エドワード・ジェンナーが開発した種痘による。

 

>また、「学びの深さ」と、次代を予測する仮説思考の豊かさはおそらく比例していると思います。 

 

ポリオ、麻疹も同様にして撲滅可能です。

 

>つまり明確な方針を立案するためには、目の前に起こっている現象だけでなく、近代←人類←生物史に遡って歴史をさらに学んでいくことが、経営者あるいは社会人には求められている能力だと考えられます。  

 

過去にはペストが流行りましたね。  

 

> 一方で、学校教育を始めとする日本の教育システムは、以下のように、現実とはかけ離れた事象を寄せ集めたものであり、社会を閉塞に追いやった元凶ともなっています。  

 

現実直視が必要ですね。   

 

> 平等などの現実にはあり得ない近代観念に基づく「国語や道徳」、実際の環境とは切り離された画一環境による実験から生まれた「科学」、支配階級や金融資本家などの支配の構造を隠している「社会」など、都合の良い観念から作られた知識は社会の弊害にしかなりません。

 

 'どのような状況にも普遍的に通用する真理や法則、基本概念や倫理がありうるという考え方が、日本にはほとんど存在しない。'  (カレル・ヴァン・ウォルフレン)      

 

また、受験のための知識の詰め込み教育は、表層的に知識を身につけることであり、社会で必要とされる、ものごとの背景や原理に想いを寄せる能力の弊害にもなっています。 

 

詰め込み教育の本質は処世術 (現実) ですね。世界の学問 (非現実) の振興とは関係ありませんね。  

 

これだけ社会がガタガタになってきている時代の中で、何を学ぶべきか?  私たちは、本気で考えねばならない時機にきていると思います。

 

そうですね。我々は世界観を持つことが必要ですね。 非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実の内容を批判すれば、批判精神の持ち主になる。批判精神のない人の文章は、現実の内容の垂れ流しになる。日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。マスコミも現実を垂れ流す。だから、個性がない。個人主義が理解できない。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、相手からも信頼されない。協力者が得られない。社会に貢献する度合いが限られる。 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。時制を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。  

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数19 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/09/19 13:51
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
のがさん
[一言]
■最近のアルバム
■最近のファイル
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このアルバムのURL
https://www.sns.ochatt.jp/blog/blog.php?key=1206758