1,260万kW/1,647万kW (10/25 12:40)
76%
2020年09月22日(火) 

 

 

>338707 善悪二元論は実は洗脳工作

>本田真吾 HP ( 壮年 建築家 )  18/08/31 PM10 【印刷用へ】 

>集団に対する肯定的な意見に対する『軍国主義につながる』という短絡的な反論。 >自動車・原発・近代医療による環境破壊、肉体破壊という重要な社会問題を捨象した、根拠のない喫煙者に対する極端な否定。 >これらは、洗脳(⇒染脳の方が正確に事実を表している)による。 >どちらも『集団か個人か』『喫煙か禁煙か』という、幼稚な善悪二元論を振りかざし、他者を否定することから始まっている。 

 

我々には、実り豊かな議論・対話が必要ですね。   

 

>ここには、今や大多数の人間が、そのヒステリックな論調に嫌悪感を覚えていることに気が付かないという、もっと大きな問題が潜む。  

 

大衆の皆様に多大なご迷惑をおかけしていますね。こころここにあらざれば、視れども見えず。   

 

>そこを突破する鍵は「よろこび」とは、大多数の普通の人のためにあり、誰かひとり(≒特定の思想を持った人たち)のものではない、ことに気づくこと(=この普遍的な価値を広めること)である。

 

最大多数の最大幸福ですね。The greatest happiness of the greatest number    

 

>////////////////////////////////////////////////////////////////

>善悪二元論は実は洗脳工作 >リンク >先日オウムの教祖以下が死刑になりました。> 古い話ですが、そのオウムが大きな社会問題となっていた頃、彼らの施設に強制捜査が入った後になっても、なお「我々の信仰は善を行うものであるし、教祖は素晴らしい人」と、まだ主張し続けている信者の方がおいでになりました。>それを見て、洗脳というものの怖さを実感された方も多いかと思います。> 《中略》

>この本の中でエドワード・ハンターは、日本人捕虜や米国人捕虜に対して、中共政府が、> 「勉強会での学習」> 「集団学習会での自己批判」> 「巧妙な賞罰」>によって、捕虜たちに贖罪意識を植え付け、これによって捕虜となった人たちが強烈な罪の意識(罪悪感)を持つようになったと指摘しています。

 

中共政府は聖職者の役割を果たしましたね。   

 

>そしてその罪悪感の裏返しとして、いまある政府ないし国家に対して、ありとあらゆる破壊工作が許される、つまり破壊活動のためなら、何をやっても、どんなに嘘をついても構わないという、きわめて特殊な傾向を持つようになると指摘しています。  

 

償いの為の勧善懲悪ですね。‘目的達成のためには手段を選ばず’ ですね。   

 

>もっとわかりやすく言うならば、そうした洗脳を受けた人たちにとっては、普通に幸せに暮らす人々が敵となります。>また、普通に幸せに暮らそうとする人々を守ろうとするすべての活動家が、敵となります。  

 

そうですね。反社会的な活動家になりますね。   

 

>それはすなわち悪の道なのですが、洗脳を受けた人たちからすると、彼らの行動自体が正義となります。

 

‘力は正義’ (Might is right.) ですかね。   

 

> 洗脳を行う方法は様々あるし、洗脳によって犯される反社会的行為も多岐に及びますが、その洗脳によって形成された思考は、必ず「善悪二元論」になります。 >つまり、右か左か、正しいか正しくないか、上か下か、敵か味方かといった二者択一思考になるのです。

 

‘鬼畜米英’ のようなものですね。     

 

>しかし世の中というのは、どっちつかずの真ん中が一番多いのです。

 

そうですね。我々には ‘清濁併せ呑む’ 必要がありますね。  

 

>むしろ極はごくわずかしかいない。

 

そうですね。それは天国か地獄ですね。     

 

>ところが極に至ると、その中で先鋭化してしまうのです。> (正規分布)上の図にあるように、世の中は、両極端の端よりも、真ん中のボリュームゾーンが最も多いのです。  

 

そうですね。

 

>そして洗脳を解く秘訣も、実はここにあります。>洗脳による思考は、常に二者択一ですから、「そうではない。その中間が大事だ」となると、一時は思考停止に陥ったとしても、その中間ゾーンに気付くことによって、洗脳から目が覚めていくのだそうです。 

 

それは、中庸の徳によるものでしょうね。

 

> 善悪二元論は洗脳工作によるものです。 

 

我々の教育は学校で勧善懲悪 (politic justice) を教えていますね。  

 

>日本は、イザナキ、イザナミの神話の時代から、「よろこびあふれる楽しい国」を希求してきた国です。>そしてその「よろこび」とは、常に極の人ではなくて、真ん中のボリュームゾーンの人々にとっての「よろこび」です。   

 

それは、民主主義の原理に沿ったものですかね。   

 

>誰かひとりのためのものではない。> 真ん中に気付くこと。

 

それは、中庸の徳を求めることになるでしょうね。   

 

>そのことが、戦後の日本の洗脳を解く鍵になるかもしれません。 

 

そうですね。我々は戦前も洗脳、戦後も洗脳でしたね。各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy. 我々は、考える人 (the thinking man) になる必要がありますね。 無哲学・能天気ではいられません。    

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数17 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/09/22 23:13
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
のがさん
[一言]
■最近のアルバム
■最近のファイル
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このアルバムのURL
https://www.sns.ochatt.jp/blog/blog.php?key=1206788