柿の木伐採 |
>読売新聞 >親子グマが柿木に連日居座り、県外所有者に了承得て緊急伐採…住民「やっと普通の生活に戻れる」 >読売新聞によるストーリー・ >21時間・ > 岩手県岩泉町は20日、親子とみられるクマ2頭が連日出没していた柿の木1本を緊急的に伐採した。
クマの親子は路頭に迷っているのではなかろうか。
>住民生活に危険が及ぶ恐れがあると判断し、県外在住の所有者に了承を得て実施した。
どうしてクマたちは人間に対決姿勢を示すようになったのだろう。それも全国的に急激に一斉に。
> 柿の木は空き家の敷地内に立っており、17~18日に親子とみられる2頭のクマが連日、柿の木の上で実を食べるなどして、長時間居座った。
クマが柿を主食にするとは、今年初めて知った。彼らは自然界で川の魚を取って暮らしているものと思っていた。
>県警などでつくる「クマ駆除対応チーム」が18日に出動したが、周囲の安全が確保できないとしてライフル銃による駆除を見送っていた。
昔話に出てくるクマたちは皆、人に友好的であった。人気者のクマモンは今どうしているのだろうか。
> 町によると、空き家の元の所有者は既に亡くなっており、相続した親族は県外在住で当初連絡がつかなかったが、町が19日夜に伐採の了承を得た。 >伐採作業は20日午前9時から職員4人で行い、高さ約13メートル、直径約90センチの木を切り倒した。 >数百個あったとみられる柿の実は10個ほどを残して食べ尽くされており、周囲には柿が入ったフンも多数残っていた。
柿の実が彼らの唯一の食料でしたかね。
> 現場近くに住む主婦(67)は「洗濯物を干すのも怖かった。 >これでやっと普通の生活に戻れる」と 安堵(あんど) した。
クマの生態学者は今回の危険を予想できなかったのでしょうかね。静かでしたね。 クマの危険は今年限りではないでしょう。抜本的なクマ対策は政府の責任者により立てられているのでしょうかね。後手後手にならないようにしましょうね。
> クマを寄せ付けないため、町民が自主的に果樹の実を取る動きも広がっている。
クマと人間の争いに終止符を打つ責任者はこの国にいないものか。われわれはエンドレスの戦いをすべきでない。
>雑貨店「横屋手しごとや」店主の女性(78)は19日夕、近隣住民ら4人で隣家の柿の実を落とした。
柿の実をクマたちに人間からのプレゼントにすることはできないものか。彼らは人里離れたところで、きっと穏やかに喜んで食べるに違いない。
>「柿が残っていればまた来てしまう」と危機感を語る。 > 町農林水産課の佐々木忠明課長は「クマを引き寄せる主要因は取り除けたが、町内にはまだ多くの柿の木が残る。
そうですね。争いは全国的ですね。市町村の局地戦では収まりなせんね。永続する可能性がありますね。
>出没は続いており、引き続き注意が必要だ」と警戒を強めている。
大変な事になりましたね。政府からの何らの予告も対策の知らせもなく、全国的にクマと人との戦いが続いていますね。首相以外にこの対策の責任者はいないのですかね。 日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の受け売りばかりを練習してきた。自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 頭を使うということは暗記力を示すことではなく自己の見解を明らかにすることである。高等教育機関に在籍して自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。 イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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