垂秀夫氏 |
>産経新聞 >「圧力に日本は常に屈した」垂前駐日大使、首相答弁は堅持を「国のあり方が問われている」 >10時間・ >中国問題研究家で立命館大教授の垂秀夫・前駐中国大使は25日夜に出演したテレビ朝日の報道番組で、中国政府が撤回を求めている高市早苗首相の台湾有事と存立危機事態を巡る国会答弁へのコメントを求められ、「絶対に撤回してはいけない」と強調した。
そうですね。
>対中戦略構築できなくなる >この中で垂氏は「国のあり方が問われている。 >中国の圧力があれば常に日本は屈してきた歴史がある中で、高市さん、あなたまでもかと。 >そういうことになれば、もう日本の対中戦略は今後10年20年組み立てることはできなくなる」と指摘した。
中国と相談の上ということになれば、我が国の対中戦略はゼロですね。属国の立場ですね。未成年かな。
>「最終的には総理自らが決めるべき。
そうですね。総理には自己の確立が必要ですね。
>私は一国民なので、撤回すべきではないと思う」と語った。
>日中関係が緊張する中、トランプ米大統領は24日に中国の習近平国家主席と電話会談し、25日には高市首相と電話会談した。 >この順番について、垂氏は「元外交官として極めて残念」とコメント。 >台湾問題で「米国は本来、影の主人公だ」と述べ、首相の台湾有事を巡る発言が「日中間でここまでの問題になっている段階で、まず日本がトランプ氏に電話をかけて意思疎通を図っておくべきだった」と苦言を呈した。
そうですね。
>垂氏は「米中が近い関係になりつつある状況で、日本は(国際社会での)生き方を考えないといけないという意味でつらい」と情勢を分析。 >日本は「中長期の戦略的な再構築が求められている」として、「欧州、インド、豪州、ASEANなどと重層的な関係を構築していく必要がある」と指摘した。
そうですね。日本一国が世界を相手に戦うのは良くない。向こう見ずですね。わが国は必ず連合国軍の中の一国でなくてはならないですね。
中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。それで独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) にして表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。 ・・・・・ 中華 (ちゅうか) [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる] 東夷 (とうい) [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した] 南蛮 (なんばん) [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう) [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき) [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。
>垂氏は中国・モンゴル課長や在中国日本大使館公使、領事局長などを歴任。 >令和2年9月から5年12月まで駐中国大使を務め、退官した。
ウクライナはソ連崩壊により核兵器を放棄した。しかし、プーチン大統領は非核国ウクライナに侵攻し核兵器使用をちらつかせて恫喝した。 これにより我が国の非核三原則に依拠した安全神話は消滅した。非核三原則とは 核兵器を「持たない、つくらない、持ち込ませない」の三原則を指すものと1967年 (S42) 12月に佐藤栄作首相は説明した。日本人のお花畑はもうない。 「世界大戦を含むあらゆる戦争はすぐ終わらせられる。講和条約を結んだ場合、あるいは1945年の米国による広島と長崎への原爆投下と同じことをした場合だ」 (ロシアのメドベージェフ前大統領) ‘ウクライナでの戦争の教訓は、抑止力によって未然に戦争を防ぐ方が、侵攻してきた敵を後退させることよりも遥かに望ましいということだ。’ (マシュー・ポッティンジャー) ‘ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。北方領土だ。だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。’ (小野寺元防衛相) 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。= 真に勝つことは自らの力を増すことで、戦わずして勝つことが最善である。 わが国は平和国家であるから自国の強大な抑止力 (物量) を見せつけながら相手国の冒険主義を抑えて、国家の最善を目指さなくてはならない。
>垂氏は中国政府に幅広い人脈を構築するとともに、日本政府の主張を毅然と伝えてきたことで知られる。
日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。責任のない人間には信用がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵] ‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’ (あるアメリカの国務長官)
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ実行すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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