軍事力の強化 |
>日刊スポーツ >田母神俊雄氏が投稿「未だに軍事力の強化は悪だと思っている人が多い。軍事力は強い方がいい」 >13時間 >元航空幕僚長の田母神俊雄氏が28日、X(旧ツイッター)を更新。 >「軍事力」について私見をつづった。 >田母神氏は「日本国民は東京裁判史観に毒された野党の政治家やマスコミの発信によって、未だに軍事力の強化は悪だと思っている人が多い。
そうですね。残念なことですね。
>軍事力の強化は戦争に繋がるという訳だ」と書き出した。 >そして「だから自衛隊を雁字搦めに縛り他国の軍と同じようには行動できないようにしている。 >自衛隊の戦力を強化し他国の軍と同じく禁止事項以外は何でもやってよいという形にしておくことが日本に対する侵略を抑止するのだ」とし、「軍事力は強い方がいいのだ」と締めくくった。
そうですね。 お侍は刀を腰に差している。だから危険人物だということでもないでしょう。 我が国においても武芸に励むお侍は頼もしい人物であるとされている。 危険・安全の要は個人の判断力にかかっている。 危険なものは手の届かないところに置くのは幼児に対する取り扱いである。 我々日本人は今こそ幼児の域を脱しなければならない。
>この投稿に対し「防衛力強化と言うと『戦争する』と騒ぐが一体日本がどこの国を何のために侵略するのか?」
そうですね。ご都合主義の人が騒ぐのですね。軽挙妄動ですね。
>「確かな反撃能力を持つことが、現世界に於いて最も効果的な抑止力となり得ると考えています」などとさまざまな声が寄せられている。
そうですね。 ウクライナはソ連崩壊により核兵器を放棄した。しかし、プーチン大統領は非核国ウクライナに侵攻し核兵器使用をちらつかせて恫喝した。 これにより我が国の非核三原則に依拠した安全神話は消滅した。非核三原則とは 核兵器を「持たない、つくらない、持ち込ませない」の三原則を指すものと1967年 (S42) 12月に佐藤栄作首相は説明した。日本人のお花畑はもうない。 「世界大戦を含むあらゆる戦争はすぐ終わらせられる。講和条約を結んだ場合、あるいは1945年の米国による広島と長崎への原爆投下と同じことをした場合だ」 (ロシアのメドベージェフ前大統領) ‘ウクライナでの戦争の教訓は、抑止力によって未然に戦争を防ぐ方が、侵攻してきた敵を後退させることよりも遥かに望ましいということだ。’ (マシュー・ポッティンジャー) ‘ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。北方領土だ。だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。’ (小野寺元防衛相) 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。= 真に勝つことは自らの力を増すことで、戦わずして勝つことが最善である。 わが国は平和国家であるから自国の強大な抑止力 (物量) を見せつけながら相手国の冒険主義を抑えて、国家の最善を目指さなくてはならない。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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