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2025年12月01日(月) 

 

>日刊スポーツ   >「ついに中国になってしまった」 香港大規模火災でボランティア活動阻止に戦略コンサルタント私見   >2時間・   

>戦略コンサルタントの田中道昭氏が1日、月曜コメンテーターを務めるテレビ朝日系「大下容子ワイド!スクランブル」(月~金曜午前10時25分)に出演。   

>香港で発生した高層住宅群の大規模火災をめぐり、政府が市民に対する取り締まりを強めていることにコメントした。    

>番組では、火災をめぐって当局の責任追及を求めた男性が逮捕されたことや、火災現場近くで物資を配布していたボランティアが香港警察に活動を阻止されたことなどを紹介した。    

 

私的な活動は香港では禁止ですかね。   

 

>香港に駐在していた経験があるという田中氏は「残念ながら香港は年々中国化して、こういうニュースを拝見すると、ついには中国化というより中国になってしまったという感じが非常に残念」と話した。

 

権威主義国の独裁体制ですね。   

 

>またボランティアが阻まれたことについて「支援が善意かということよりも、人が集まることに統制活動がなされている」とし、「人が集まるところからデモとか批判につながって、それが連鎖することを非常に恐れている」と推察した。    

 

人が集まると民主主義が芽生えますからね。用心用心ですね。   

 

>さらに「市民と香港政府の間で全く信頼関係が欠落してしまっている。   

 

信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]  

 

>こういった統制活動をしてしまうと、ますます香港の国際的な信頼や信用を毀損してしまう」と懸念し、「いかに政府と市民の間の信頼関係を取り戻すか、いかに透明性を高めるかが香港政府にも中国政府にも大きく求められていると思う」と私見を述べた。

 

独裁政治は民主政治の外にある。独裁政権による信頼関係の回復は木に縁りて魚を求むがごとし。     

 

中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。それで独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) にして表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。

・・・・・

中華 (ちゅうか)  [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる]    東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。 

 

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

頭を使うということは暗記力を示すことではなく自己の見解を明らかにすることである。高等教育機関に在籍して自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。   

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

 

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)      

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

 

 

 

 


閲覧数14 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/12/01 17:11
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