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2025年12月07日(日) 

 

>スポニチアネックス   >橋下徹氏 中国との関係の冷え込みに持論「国際社会においては日本の立場よりも中国の方が力がある」   >スポーツニッポン新聞社の意見・   >4時間   

> 元大阪市長で弁護士の橋下徹氏(56)が7日、フジテレビ「日曜報道 THE PRIME」(日曜前7・30)に出演。   

>11月の台湾有事に関する高市早苗首相(64)の国会答弁を巡り日中間の緊張が高まっていることに言及した。   

> 7日で、台湾有事に関し武力行使を伴えば存立危機事態になり得るとした高市首相の国会答弁から1カ月となった。   

>中国全土で習近平指導部の意向に忖度し、政治や経済、文化などのあらゆる分野で日本外しが拡大している。   

> 橋下氏は「日本が力でやってくるんだったら中国も力で対抗するよというね。   

 

そうですね。何しろ中国はG2の一国ですからね。自信がある。      

 

>中国はやっぱり大国なことは間違いないですし、外交力についても冷静に見れば、国際社会においては日本の立場よりも中国の方がね、国際社会がみんな中国のことを好きか嫌いかは別として、力があることは間違いないわけですよ」と自身の見方を述べた。   

 

そうですね。世界各国は中国に一目置きますね。実力者の世界ですね。         

 

> その上で「中国が情報戦を仕掛けてきた時に日本は対抗する力が今あるのかと。   

>今、戦略があるのかと。   

>ない中でけんかをふっかけるのは、僕はけんかのやり方としては最悪だと思います」と指摘。   

 

そうですね。先の大戦の二の舞になりますね。単なるうっぷん晴らしは碌なことにならない。

   

阿呆は戦争大好きで亡国の精神の持ち主である。「戦は時の運」とか「戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして破るるは、国民の魂も失う真の亡国なり」という言葉があって、わかっちゃいるけどやめられない。ア ホレ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ 、、、、、   

 

>「だから本当に戦略があってカードがあって、これからいろんな力を使って日本が情報戦で中国を抑え込むことができるようなものがあるんだったらどんどんやるべきだと思う」と話した。   

 

そうですね。戦略とカードは必要ですね。情報戦で中国を抑え込む必要がありますね。やられたらやり返す実力はぜひとも見せておく必要がありますね。   

犬の遠吠えと空念仏だけなら喧嘩はやるべきではないですね。ごまめの歯ぎしりだけではどうにもならない。         

 

日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。責任のない人には信頼がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]     

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’ (あるアメリカの国務長官)  

 

日本語に責任という言葉はあるが、この国に意思のある責任者が見当たらない。この国がひっくり返った時にも責任者はついに出なかった。   

日本人には意思がない。だから全員が頼まれ仕事をしている。結果に責任を負う者はいない。兎角この世は無責任体制である。

序列国家であるからトップは存在しても責任体制はない。開戦の詔勅の様なものになる。  

たとえば【英対する開戦の詔勅】では

洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ

{まことにやむをえざるものあり。あにちんがこころざしならんや。}

開戦はまことにやむをえないことで、私の本意ではない。   

となる。  

天皇の意思でなければ一体誰の本意で我が国の意思決定が為されたのでしょうか。 

 

責任のある者は信頼される。そして尊敬される。

だが日本人には意思がない。意思の無い人間には責任がない。だから信頼されることはない。一旦事が起これば、責任者捜しのために騒ぎが起こる。日本残酷物語の様な騒ぎになることもある。だから日本人からは政治責任者は出せない。’責任者を出すな’ の大合唱が起こる。   

 

肥田喜左衛門の著した <下田の歴史と史跡> には、責任に関する下のような事柄が記されています。

徳川5代将軍の治世、佐土原藩の御手船・日向丸は、江戸城西本丸の普請用として献上の栂 (つが) 材を積んで江戸に向かった。遠州灘で台風のため遭難、家臣の宰領達は自ら責を負って船と船員達を助けようと決意し、やむをえず御用材を海に投げ捨て、危うく船は転覆を免れ、下田港に漂着した。島津家の宰領河越太兵衛、河越久兵衛、成田小左衛は荷打ちの責を負い切腹する。これを知って船頭の権三郎も追腹を切り、ついで乗員の一同も、生きて帰るわけにはいかないと全員腹をかき切って果てた。この中には僅か15歳の見習い乗子も加わっている。鮮血に染まった真紅の遺体がつぎつぎに陸揚げされたときは、町の人々も顔色を失ったという。16人の遺体は、下田奉行所によって大安寺裏山で火葬され、同寺に手厚く葬られた。遺族の人たちにはこの切腹に免じて咎めはなかったが、切腹した乗組員の死後の帰葬は許されなかった。(引用終り)  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数28 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/12/07 16:48
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