日本の軍備拡張 |
>日刊スポーツ 中国中日大使、Xに「日本の軍備拡張」主張発言アップし突っ込み殺到「もはやギャグの領域 4時間・ >中国の呉江浩駐日大使が11日夜、自身のX(旧ツイッター)を更新。 >日本の防衛費に関する、中国外務省報道官のコメントをアップした。 >呉氏は、外務省報道官の会見における動画の切り抜きをXに添付し、中国語でポスト。 >それを引用し、日本語で同内容を投稿した。 >そのポストでは「外交部報道官:日本の防衛費はすでに13年連続増加し、その規模は西側諸国の中で2位となっている。 >『平和憲法』を掲げ、『戦争の反省』を唱え、『専守防衛』の道を歩む国が、軍事力強化と軍備拡張の行為をいかに説明するつもりなのか」と記されている。
ウクライナはソ連崩壊により核兵器を放棄した。しかし、プーチン大統領は非核国ウクライナに侵攻し核兵器使用をちらつかせて恫喝した。 これにより我が国の非核三原則に依拠した安全神話は消滅した。非核三原則とは 核兵器を「持たない、つくらない、持ち込ませない」の三原則を指すものと1967年 (S42) 12月に佐藤栄作首相は説明した。日本人のお花畑はもうない。 「世界大戦を含むあらゆる戦争はすぐ終わらせられる。講和条約を結んだ場合、あるいは1945年の米国による広島と長崎への原爆投下と同じことをした場合だ」 (ロシアのメドベージェフ前大統領) ‘ウクライナでの戦争の教訓は、抑止力によって未然に戦争を防ぐ方が、侵攻してきた敵を後退させることよりも遥かに望ましいということだ。’ (マシュー・ポッティンジャー) ‘ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。北方領土だ。だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。’ (小野寺元防衛相) 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。= 真に勝つことは自らの力を増すことで、戦わずして勝つことが最善である。 わが国は平和国家であるから自国の強大な抑止力 (物量) を見せつけながら相手国の冒険主義を抑えて、国家の最善を目指さなくてはならない。
>この投稿に対し「一つ日本語をお教え致します。『おまいう!』」 [おまいう、おまゆう: お前が言うな、あなたはそれを言う資格がない] >「中共は伸ばし続けてるし、侵略し続けてる!笑えるね!」 >「今日のおまいう案件。 >もはやギャグの領域」 >「おまえらと違って日本は70年戦争していないから安心しろ」 >「しつもーん。 >中国は?」 >「日本の6倍も7倍も軍事費使ってるおたくらだけには言われたくありませんねえ」 >「呉大使 何で総ツッコミが来るようなこと。 >自問自答されてるのですか?」 >「某国が毎日日本領域に侵入してくるから 仕方なく日本は防衛力を強めるしかないのです。 >ご了承ください」などとツッコミや反論など、さまざまな声が寄せられている。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
|