反省と謝罪 |
>現代ビジネス >なぜ中国人は日本の「反省と謝罪」を求め続けるのか…政治的イデオロギーによって歪められた「物語」 >楊海英 (静岡大学人文社会科学部教授) によるストーリー・ 4時間・ >高市首相の発言に対し、異常なまでに噛みついてきた中国。 >ここまで強硬な態度を取る背景にある、中国共産党が作り上げてきた「物語」について、自身が内モンゴル出身で、その実態に接してきた静岡大学教授・楊海英氏が解説する。 >(本記事は『中国共産党 歴史を書き換える技術』(ワニブックス刊)より抜粋・編集したものです) >「中華民族の偉大なる復興」は何を意味するのか >現在、習近平国家主席は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。 >では、その「復興」とは何を意味するのか。 >どの時代を「偉大な過去」と見なしているのか。 >そして、それを現代に再現しようとすることが、周辺国や国際秩序にとってどのような意味を持つのか。 >習近平は、「中国は100年間にわたり西洋列強と日本に侵略され、屈辱の歴史を歩んできた」と繰り返し述べている。
習近平は中国人民のルサンチマンを呼び起こそうとしていますね。 [ルサンチマン: 被支配者あるいは弱者が、支配者や強者に対してため込んでいる憎悪や妬み]
>しかし、このような被害者的歴史観がいかに構築され、いかなる政治的目的のために用いられているのかを検証せずに、言説のみを受け入れることは極めて危うい。 >「中国は暴力も革命も輸出していない」といった中国の主張も、実態とはかけ離れている。
そうですね。
>実際には、中国はアジア、アフリカ、中南米の諸国に対して、内政干渉や経済的支配を通じて影響力を拡大してきた。 >こうした行動の背後にある歴史観と思想的基盤に目を向けることは、現代の歴史戦の本質を理解する上で不可欠である。
そうですね。
>象徴的なのが、習近平が中国共産党第19回全国代表大会で提起した「人類運命共同体」という概念である。 >一見、普遍的な倫理を体現する理念のように見えるが、実際には、中国の覇権的行動を正当化する政治的プロパガンダの枠組みとして用いられている。 >「共同体」という言葉が本来含意する対等性や共生の精神とは、本質的に矛盾するものである。 >イデオロギーに歪められた「物語」 >2025年、日本は終戦から80年の節目を迎えた。 >戦争を直接経験した世代はすでに少数となり、現代の日本人の多くは、戦争責任とは無縁である。
そうですかね。 イザヤ・ベンダさん=山本七平訳 ‘日本教について’ の中に次のような一節があります。 、、、本多様は、砂漠にただ一人、自生されたわけではありますまい。二十世紀の日本という社会に生まれ、何の権利もないのに、その社会の恵沢と栄誉を、当然のこととして負うておられます。従って本多様が「幼児であったから」「責任がない」と言われるなら、日本の伝統的文化、それにつづく現代社会の恵沢と栄誉を受ける権利も放棄されたことになります。、、、
>しかし中国は今なお、日本に対して謝罪と反省を要求し続けている。
そうですね。反省と謝罪は関係がありますね。反省がなけれは謝罪もしない。
>この構造の背景には、「加害」と「被害」の関係性を固定化しようとする政治的な力学が存在する。
そうですね。日本人には意思がない。だから、日本人には被害者があって加害者がない。
>そして、その影響は国際社会にとどまらず日本国内にも及んでいる。 >中国に同調的な立場を取る政治家、政党、メディアが一定の影響力を持ち、言論空間の健全性や多様性を損なっている現実は見過ごすことができない。 >モンゴル出身である筆者の立場からすれば、戦後処理がすでになされている80年も前の戦争について、政治的イデオロギーによって歪められた「物語」を根拠に、現代の日本人に謝罪を迫るような言説は、きわめて非合理であり、不当であると言わざるを得ない。
日本人には罪がない。日本の全ての宗教は罪から距離をおいている。 謝罪はドイツからですね。すべての人は罪びとである。中国人はドイツ人が好きである。
>いま日本に求められているのは、「友好」や「信頼」といった安易な迎合ではなく、精緻な歴史認識にもとづく冷静かつ堂々たる議論である。
そうですね。日本人の好きな馴れ合いは良くないですね。
>そして何より重要なのは、中国の政治的戦略に巻き込まれず、主権国家としての自立した姿勢を堅持することであろう。
そうですね。無哲学・能天気ではいられませんね。
>中国の近代化に寄与してきた日本だが…… >あらためて言うまでもなく、日本はこれまでも繰り返し中国に手を差し伸べてきた。 >明治維新以降、清朝から現代中国に至る歴史の中で、日本は中国の近代化を後押しすべく、継続的に支援と貢献に努めてきたのである。 >伊藤博文らをはじめとする明治期の日本の指導者たちは、欧州から学び取り、日本国内に構築した「立憲君主制」による近代国家モデルを基盤に、その理念と制度を周辺諸国にも紹介した。 >彼らは、清朝を含む東アジア諸国に対して同様の近代化の道を示唆し、ときに制度改革を促す助言を行ったのである。 >実際、清朝末期には日本の影響を受けた形で一定の改革が試みられたが、それらは本格的な制度転換には至らず、最終的には挫折した。 >しかし、この失敗は決して日本の支援が不十分だったからではない。 >むしろ、清朝内部の硬直した政治構造や、体制全体に根深く浸透していた旧来の価値観が、近代化を阻む要因であったと見るのが正しい。 >そして、その後も日本からは中国の変革を支援しようとする様々な動きがあった。 >清朝末期には、孫文の革命運動を支援するグループが登場している。 >大アジア主義(アジア諸国が一体となって欧米列強の干渉に対抗しようとする思想)を唱えた頭山満や宮崎滔天らはその筆頭であり、アジアの独立と共存を理念に据えながら、孫文に資金や人的支援を継続的に提供した。 >こうした動きは、当時の一部の日本人知識人が抱いていた、革命による近代国家の建設を支援したいという理想の表れでもあった。
そうですね。
>一方、清朝が崩壊した後には、今度はかつて清朝を構成していた満洲人やモンゴル人の側に立ち、いわゆる「満蒙復辟」、すなわち清朝の復興を図る構想が、日本によって国家レベルで推進される。 >このように、日本は理念的にも実践的にも中国の近代化に関与し、その歩みに影響を及ぼしてきた経緯がある。 >翻って今日の状況はどうであろうか。 >かつて日本から多大な支援を受けた中国共産党は、いまや歴史認識をめぐって日本への批判を強め、自らの歴史観に基づく修正主義的な言説を世界に向けて発信し続けている。 >にもかかわらず、日本国内にはなお、「日中友好」という空疎な幻想にすがり、歴史の現実から目を背ける論者たちが少なからず存在するのである。
そうですね。中国内の少数民族にとっては、漢民族との融和は迷惑至極ですね。
中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。それで独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) にして表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。 ・・・・・ 中華 (ちゅうか) [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる] 東夷 (とうい) [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した] 南蛮 (なんばん) [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう) [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき) [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。
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