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2025年12月24日(水) 

 

>J-CASTニュース   >「高市さんが首相になって、あれだけ高い支持率でもできないことばかり」 堀江貴文氏が日本政治の弱点ズバリ   >J-CASTニュースによるストーリー・   >7時間・   

>2025年12月23日の特別番組「ホンネ喫茶@永田町」(フジテレビ系)に与野党の政治家を交えて堀江貴文さんや杉村太蔵さんらが出演、国会改革などについて激論を交わした。    

>トップダウンで素早く物事を決める権威主義的国家   

>元自民党幹事長の石原伸晃さんが「世界は、中国のように絶対的な力をもって押し進める国の方が多い」と話した。   

>それを受けて、トップダウンで素早く物事を決める権威主義的国家に、議論を大事にする民主主義国家はスピードで勝てないのかを話し合った。    

>堀江さんが「SNSの時代に、技術革新のスピードには民主主義国家は追いつけない。   

>コンセンサスを得るために、(議員)定数削減法案だってこれだけ時間がかかっているのだから」と指摘。    

>中国、ロシア、アメリカの政治を例にとりながら、    

>(以下引用)   

>「日本は高市さんが首相になって、あれだけ高い支持率でもできないことばかり」    

>(以上引用)

>と「今の民主主義国会の弱点はスピード感」と話した。    

 

日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。責任のない人間には信頼がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]   

意思のある所に方法がある。Where there’s a will, there’s a way.    

求めよ、さらば与えられん。Ask and it shall be given to you.  

為せば成る 為さねばならぬ何事も 成らぬは人の差さぬなりけり (上杉鷹山) 

 

>「国会大事、民主主義大事。だけど」    

>それに対し、「政治のスピード感はあげていかなければいけない」(神谷宗幣・参政党代表)「政治や議論のスピード感ではなくて、大事なのは行政執行のスピード感じゃないのか」(河野太郎元外相)など意見はさまざま、分かれる。    

>国会のスピード感のなさに愕然としたというのは自民党最年少衆院議員の大空幸星さん。    

>本会議での形式的な代表質問や答弁などを俎上にあげて「これを4~5時間やるわけですよ、毎日。    

 

日本人には現実 (形式) があって、非現実 (内容) がない。内容がないから、形式がいよいよ大切になる。   

 

>国会大事、民主主義大事。   

 

これらは政治家のお題目ですね。   

 

>だけど中国や権威主義の国はどんどんスピード感あげて(政策を)進めるなかで、ただ座って朗読会をやってるというのが、本当にこの国の将来にとっていいのかどうか」と疑問をぶちまけた。    

 

‘言語明瞭・意味不明’ か。   

 

>それを聞いていた日本維新の会共同代表の吉村洋文大阪府知事は「(それを)ここで言うんじゃなくて、討ち死にしてもいいから自民党の中で、重鎮に対し『こんなのおかしいやないかい』と自分が犠牲になってやらないと」と説教モードとなる。   

 

討ち死にしても、誰も乘ってこないでしょうね。もう先が見えているから。   

 

>すかさず、元自民党議員の杉村太蔵さんが気色ばんで「そんなのできたら苦労しないんですよ」と返し、スタジオは爆笑に包まれた。    

>自民党内で「長老の圧」を何度も経験した杉村さんだからこそ出た本音だった。    

 

日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから、あらかたの人は現実肯定主義者にならざるを得ない。現実の内容は一通りしかないから議論にならない。現実の内容への同調圧力が非常に強い。出る杭は打たれる。                 

 

>この座談会も、権威主義国家のようにはスピード、トップダウンでまとまらない。    

 

我が国には上意下達はあっても、日本人には意思がない。だから上意は意思ではなくて、目上の者の恣意 (私意・我儘・身勝手) ということになる。恣意は文の内容にはならないので意味がない。      

 

>(ジャーナリスト 佐藤太郎)    

 

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。   

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)   

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。

 

日本テレビの単独インタビューで「このままでは日本人は滅びる」と日本の将来に危機感をあらわにしていた、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長。[2024年 10月] 10日の会見でも「日本人同士のなれ合いみたいなことは廃止すべき」と改めて警鐘を鳴らしました。

日本人は‘なあなあ主義’ で話をする。‘なあなあ主義’ とは、真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませること。‘以心伝心・阿吽の呼吸・つうかあの仲’といったところか。     

 

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調しています。

「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、ながいセンテンスをきっちり言えるようにならなければ、大人になって、ひとの話もきけず、なにをいっているのかもわからず、そのために生涯のつまずきをすることも多い。」    

 

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)。(引用終り) 

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で、言葉 (ロゴス) について以下のように語っています。

、、、、、 母親が子供に「チャント・オッシャイ」という場合、明晰かつ透明 (英語ならクリヤー) に言えということでなく、発声・挙止・態度が模範通りであれ、ということである。だが、クリアーということは、原則的にいえば、その人間が頭脳の中に組み立てている言葉のことで、発声や態度、挙止とは全く関係ないのである。、、、、、日本では、「その言い方は何だ」「その態度は何だ」と、すぐそれが問題にされるが、言っている言葉 (ロゴス) そのものは言い方や態度に関係がない。従がって厳然たる口調と断固たる態度で言おうと寝ころがって言おうと言葉は同じだなどとは、だれも考えない。従って純然たる会話や演説の訓練はなく、その際の態度と語調と挙止だけの訓練となるから、強く訴えようとすれば「十字架委員長の金切声」という形にならざるをえない。(引用終り)     

 

日下公人氏は、<よく考えてみると、日本の未来はこうなります。> の中で、日本人に関するW.チャーチルの感想を以下のごとく紹介しています。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。

 それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、今まで以上の要求をしろと言う。無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。

 英国はその後マレー半島沖で戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。(引用終り)     

 

宮本政於の著書〈お役所の掟〉には、官僚絶対主義のことが出ている。以下は、著者(宮)と厚生省幹部(幹)との会話である。

宮「憲法に三権分立がうたわれているのは、権力が集中すると幣害がおきるから、との認識に基づいているのでしょう。今の日本のように、官僚組織にこれだけ権力が集中すると幣害もでてきますよね」、幹「ただ、日本はこれまで現状の組織でうまく機能してきたのだ。それによく考えてみろ。いまの政治家たちに法律を作ることをまかせられると思うのか。そんなことをしたら日本がつぶれる」、「日本の立法組織にそれほど造詣(ぞうけい)が深くないのですが、私も認めざるをえません」、「そうだろう。『やくざ』とたいしてかわらないのもいるぞ」、「私もテレビ中継を見て、これが日本を代表する国会議員か、と驚いたことがなん度かあります。とくに、アメリカとか英国とは違い、知性という部分から評価しようとすると、程遠い人たちが多いですね。でも中には優秀な人がいるんですがね」、「政治は数だから。いくら優秀なのがひとりふたりいてもしようがない。ある程度の政治家たちしかいないとなれば、役人が日本をしょって立つ以外ないのだ」(引用終り)     

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数31 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/12/24 21:00
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