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2025年12月30日(火) 

 

>FNNプライムオンライン   >「アメリカとの戦争に勝ち目はない」秋丸機関の調査報告は無視され戦争の道へ…秋丸次朗氏の息子や研究者が後世に伝えるメッセージ【2025人気記事】   >FNNプライムオンラインによるストーリー・   >15時間・   

>2025年の宮崎はどんな年だったかを、FNNプライムオンラインの人気記事から振り返る。    

>戦後80年という節目の年として、戦争についての記事が多く読まれた。   

>今回は、開戦前に「勝ち目はない」と警鐘を鳴らしていた「秋丸機関」の秘密に迫った記事を紹介する。【2025年9月10日掲載】   

>2025年は「戦後80年」の年。    

>UMKテレビ宮崎は「過去を知る・未来に伝える」をテーマに戦争についての企画を放送している。   

>太平洋戦争開戦前、「アメリカとの戦争に勝ち目はない」と分析した陸軍の研究班「秋丸機関」が存在した。    

>中心人物は宮崎県えびの市出身の秋丸次朗氏。    

>息子や研究者の証言、そして貴重な資料から、現代社会への教訓を探った。    

>父は「秋丸機関」の中心人物だった   

>「私が生まれたのは満州。    

>親父は出征しとった。   

>南方に」 こう話す秋丸信夫さん(87)は、終戦の半年前、6歳の時に、父・次朗さんの出身地である宮崎県えびの市に疎開した。    

>父親に関する記憶はほとんどないという。    

>信夫さんの家には、昔から古い写真があった。    

>なぜ、こんな写真があったのか。   

>のちにその写真から、父・次朗が「秋丸機関」の中心人物だったことを知る。   

>信夫さんは、「こえたん(農具)を担いでるおじさんが、戦争をするかしないかの調査をすると思う?」と、当時の驚きを語った。    

>「秋丸機関」とは…    

>秋丸機関、正式名称は「陸軍省戦争経済研究班」。    

>1940年1月、日本・アメリカ・イギリス・ドイツなど主要国の経済力を調査・研究するために設立された。    

>その中心人物が、信夫さんの父・秋丸次朗さん。    

>陸軍省戦争経済研究班の班長だったことから、「秋丸機関」と呼ばれるようになった。    

>飯野村、いまのえびの市に生まれた次朗さんは、関東軍の経済参謀として満州へ。    

>その後、秋丸機関創設のため日本に呼び戻された。   

>東京大学に来ている。こちらには、太平洋戦争開戦前、秋丸機関がまとめた調査報告書が保管されている。    

>報告書は東京大学経済学部資料室に保管されている。    

>取り出された資料は2つ。    

>「英米合作経済抗戦力調査」の「其一」と「其二」。    

>「其二」には、「極秘」「陸軍省戦争経済研究班」の文字。   

> 色褪せることなくしっかりとそう書かれている。   

> 秋丸機関が約1年半かけてイギリスとアメリカの経済力を調査し、戦争の見通しをまとめた報告書だ。   

>「其一」にはイギリスとアメリカの経済力の大きさが、「其二」には弱点が記されている。    

>日本の経済力と分析・比較し、「アメリカとの戦争に勝ち目はない」と導き出していた。   

>にもかかわらず、日本はアメリカとの戦争に突入していった。    

>秋丸機関について研究している慶應義塾大学 経済学部の牧野 邦昭教授はこう話す。   

>慶應義塾大学経済学部 牧野邦昭教授:    

>(当時)みんながある程度の正確な情報がわかっていたのにもかかわらず、戦争へと向かっていってしまったことを知るうえでの重要な資料だと思う。    

>晩年に心情を明かした秋丸次朗    

>秋丸機関について、次朗さんは長い間、語ろうとしなかったが、終戦から34年がたった81歳の時に、その時の心情を明かしている。    

>「すでに開戦不可避と考えている軍部にとっては都合の悪い結論であり、消極的平和論には耳を貸す様子もなく」    

>「大勢は無謀な戦争へと傾斜したが、実情を知るものにとっては薄氷を踏む思いであった」   

>「陸軍は秋丸機関の調査を無視して開戦に踏み切ってしまった」とされてきた。    

>これに対し牧野教授は「報告書は正確に戦争の困難さを指摘していたものの、別の形で解釈され、開戦の判断材料になってしまった」と分析する。    

>應義塾大学経済学部 牧野邦昭教授:    

>「日本は、近代に入ってから負けたことがなかった。    

>負けたことがなかったからこそ、最悪の結果を想定できなかった。    

>我々は最悪の結果を知っているからこそ、戦争をしないということを戦後ずっと続けてきた。    

>正しい情報を得るだけではなくて、それをどう使うかという問題が、一番重要なのではないだろうか」   

>戦後の次朗さんは…    

>次朗さんは戦後、公職追放を経て、飯野町長を2期、えびの市の社会福祉協議会の会長を13年務めた。    

>信夫さんは「戦争の遂行を止めることができなかったから、別のところで国に貢献しようとしたのではないか」と推測する。    

>信夫さんは新聞記者を定年退職後、ブログで秋丸機関について発信してきた。    

>秋丸信夫さん:「正史じゃないんでしょうね、傍史なんでしょうね。   

>大東亜戦争という戦争の始まりから終わりまでずーっとあって、その中のほんのわき道。    

>でも、そういうこともあったということも、知ってもらいたい。」    

>秋丸機関が今に伝えるメッセージとは    

>牧野教授は、「真剣な情報発信は、結果としては役に立たなかった。    

>なぜ役に立たなかったのか、希望的観測に飲み込まれてしまったのはなぜかを、反面教師的に活用していくのが、秋丸機関を調べていく現代的意義だ」と語った。    

 

日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから、日本人のは洞察力というものがない。経験するまでは何も学習できない。これは子供の学習法である。   

 

>森山記者は、「戦争は遠い話だと感じていたが、情報の捉え方次第で戦争になってしまうと感じた。   

>秋丸次朗さんは晩年、『後世の為に何らかの価値あることを』と経験を綴った。    

 

マッカーサ元帥は1951年5月5日の上院合同委員会で日本人を以下のように評していました。  

‘もしアングロ・サクソンが人間としての発達という点で、科学とか芸術とか文化において、まあ45歳であるとすれば、ドイツ人もまったく同じくらいでした。しかし日本人は、時間的には古くからいる人々なのですが、指導を受けるべき状態にありました。近代文明の尺度で測れば、我々が45歳で、成熟した年齢であるのに比べると、12歳の少年といったところ like a boy of twelve でしょう。 

指導を受ける時期というのはどこでもそうですが、日本人は新しい模範とか新しい考え方を受け入れやすかった。あそこでは、基本になる考えを植え付けることができます。日本人は、まだ生まれたばかりの、柔軟で、新しい考え方を受け入れることができる状態に近かったのです。’ (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて 下)  

マ元帥の発言はどの駐日大使のものよりも率直でしたね。外交辞令がない。彼は知日派の人であった。だが、日本人は彼が考えるような知恵遅れの民族ではない。日本語文法には時制 (tense) というものが無いのである。待てど暮らせど非現実 (考え・哲学) を搭載する構文は日本人の口からは出て来ない。つまり自己の考えの内容が出て来ない。これが英米人の子供の行く末と違う所である。   

 

>正確な情報があっても、戦争に突入してしまった過去を、繰り返さないようにしなければならない」と締めくくった。    

 

そうですね。日本人には理性判断が必要ですね。   

 

>(テレビ宮崎)    

 

日本人には意思がない。だから政治が成り立たない。   

たとえば【英対する開戦の詔勅】では

洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ

(まことにやむをえざるものあり。あにちんがこころざしならんや。)

開戦はまことにやむをえないことで、私の本意ではない。   

となる。  

天皇の意思でなければ一体誰の本意で我が国の意思決定が為されたのでしょうか。  

日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。責任のない人には信頼がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]  

 

日本人には意思がないが恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。意思決定 (理性判断) の必要なところで恣意決定 (盲目の判断) を行うことになる。これはきわめて危険な行為である。  

阿呆は戦争大好きで亡国の精神の持ち主である。「戦は時の運」とか「戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして破るるは、国民の魂も失う真の亡国なり」という言葉があって、わかっちゃいるけどやめられない。ア ホレ スイスイ スーダララッタ 、、、、、、、、

'敗因について一言いはしてくれ。我が国人が あまりの皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである。我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである'  (昭和天皇)   

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数27 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/12/30 21:22
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