海老名香葉子氏 |
>産経新聞 >「東京大空襲容認論」拒否した海老名香葉子さん 安倍政権の教育改革では親孝行と徳目訴え >7時間・ >昨年12月24日に92歳で死去したエッセイストの海老名香葉子さんは、東京大空襲で両親ら家族6人を亡くした戦災孤児として、体験を語り継いできた。 >東京都平和祈念館の展示計画が「日本が悪かったから空襲を受けても仕方なかった」と受け取れる内容だと明らかになった際は、断固拒否した。
好きで 好きで大好きで 死ぬほど好きな戦 (いくさ) でも 原爆投下にゃ勝てはせぬ 泣いて崩れた敗戦日 残念ながらわが国は原爆開発においてアメリカに後れをとった。しかし本土決戦と一億総玉砕はまぬがれた。めでたし、めでたし。 太平洋戦争初期に、フィリピンの米比軍はキング少将もジョーンズ少将も早々と投降して、75000人以上の将兵の命を救った。 太平洋戦争後期に、日本軍は米空軍の飛来をゆるして、1945年3月10日未明、東京の下町の江東地区がB29約300機による空襲をうけ、死者10万をこす被害を出した。 日本人の指導者には、作戦の成否を予測する力はなかったのか。 人の命はどのように考えられていたのか。‘ぬちだ宝’(いのちは宝)ではなかったか。
>また、第1次安倍晋三政権の教育再生会議の委員として親孝行や徳目の大切さを訴えた。 >平和祈念館の計画に疑義 >「『旧日本軍による中国への都市爆撃を紹介する』『当時の抗日運動やアジアの人々に犠牲を強いた面』『日本がアジアの人々に犠牲を強いた事件を紹介する』…とあります。 >こんなにアジア、アジアと出てこなくてもいいと思うんです」
戦時中のわが国は ‘アジア、アジア’ でしたからね、。
>平成10年4月、平和祈念館の展示計画を話し合う都の会議で海老名さんは、しっかりとした口調でそう語った。 >計画は、日本のアジア諸国への加害に触れ、東京が軍の中枢や軍需産業が集まる「軍事都市」だったと強調していた。 >空襲を容認しているととれる内容で、慰霊や追悼とかけ離れた計画だった。 >筆者の取材にも「軍事都市じゃありませんよ。 >庶民が住んでいた下町です。 >木造住宅の密集地の周囲を爆弾で逃げられなくして、焼夷弾で焼き尽くしたんです。
そうですね。
>軍事施設ではなく、住んでいる人を狙ったんです。 >軍事都市だから攻撃されたなんて、絶対言ってはいけませんね」と怒りをにじませ、空襲の悲惨さに絞った展示と慰霊施設としての役割を求めていた。 >海老名さんらの反対によって、平和祈念館の計画は翌年、凍結された。 >戦争体験、家族観にも影響 >戦争体験は海老名さんの家族観や教育観にも大きな影響を与えた。 >平成18年10月、安倍首相が出席した教育再生会議の初会合で、次のように発言した。 >「恐らく、私がこの会の中で一番学歴のない者でございます。 >戦災孤児でございました。 >義務教育も受けておりません。 >今、一番大事なのは学校教育以前のもので、親孝行という言葉が死語にされつつあります。 >孝心は情の原点だと思います。
子孝行も必要ですね。人間平等の考えが大切ですね。
>孝行しながら育った子が親になれば、いい子を育てます」 >1年余りの議論の中で、親を採点する制度をつくるよう提案したこともある。 >過激と受け止められたかもしれない。 >だが、空襲で家族を引き裂かれ、夫の初代林家三平さん亡き後に4人の子供を育て上げた経験が、家庭の教育力を重視させたのだろう。 >道徳教育を巡って「小学校教育で、噓はつかない、親の恩、それから自分勝手なことはしない、人に迷惑をかけない…いいことをたくさん教えておりました。 >昔は修身と言いました。 >その修身がなくなってしまいました。
そうですね。修身斉家治国平天下(シュウシンセイカチコクヘイテンカ)ですね。
>徳目として絶対に幼いときから教えてほしい」と訴えた。 >その思いは最終報告に反映され、後の中央教育審議会などでの議論を経て、道徳の教科化が実現した。 >「産経抄読むのが楽しみ」 >産経新聞の熱心な読者でもあった。 >読者組織「ウェーブ産経」(産経iD会員に統合)の幹事を務め、平成19年9月16日付紙面で「『産経の正論を読むべき』とある人に教えられて以後、愛読している。 >産経抄と朝の詩を読むのが楽しみ」と記している。 >紙面に掲載された特攻隊員の遺書を涙しながら切り抜いたという海老名さんは、こう結んだ。 >「平和の今日をありがたく思い、国を、家族を愛していきたいと改めて思う」
ウクライナはソ連崩壊により核兵器を放棄した。しかし、プーチン大統領は非核国ウクライナに侵攻し核兵器使用をちらつかせて恫喝した。 これにより我が国の非核三原則に依拠した安全神話は消滅した。非核三原則とは 核兵器を「持たない、つくらない、持ち込ませない」の三原則を指すものと1967年 (S42) 12月に佐藤栄作首相は説明した。日本人のお花畑はもうない。 「世界大戦を含むあらゆる戦争はすぐ終わらせられる。講和条約を結んだ場合、あるいは1945年の米国による広島と長崎への原爆投下と同じことをした場合だ」 (ロシアのメドベージェフ前大統領) ‘ウクライナでの戦争の教訓は、抑止力によって未然に戦争を防ぐ方が、侵攻してきた敵を後退させることよりも遥かに望ましいということだ。’ (マシュー・ポッティンジャー) ‘ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。北方領土だ。だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。’ (小野寺元防衛相) 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。= 真に勝つことは自らの力を増すことで、戦わずして勝つことが最善である。 わが国は平和国家であるから自国の強大な抑止力 (物量) を見せつけながら相手国の冒険主義を抑えて、国家の最善を目指さなくてはならない。
>(渡辺浩)
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。 わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。非現実の内容 (視点・論点) がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。
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