奥田英朗氏 |
>現代ビジネス >「誰もが明日は今日よりいいと信じていた」でも、人権意識は大きく欠如していた。「オワコン」昭和をいま振り返ってみれば… >小説現代によるストーリー・ >11時間・ >著者が語る昭和の思い出 >前編では、『普天を我が手に』3部作において、著者の奥田氏へ、昭和を丸ごと描くにいたった執筆の動機からはじまり、作品の具体的な構成に込めた意図、そして、昭和を描くうえで避けられなかった戦争について聞いた。 >前編記事 「あの時代」とはいったい何だったのか? >昭和100年の年に生まれた物語が読者を強く揺さぶる理由 より続く。 >後編では、本作の他にも、これまで『オリンピックの身代金』や、『サウスバウンド』など、昭和をテーマにした作品を書いてきた奥田氏自身の、昭和への思い出や思いを中心に語ってもらった。 >僕 [奥田英朗] が生まれた頃は昭和30年代です。 >岐阜出身ですが、子供の頃はまだ周囲に紡績工場がいっぱいあって、そこで働いていた女工さんたちがバレーボールやったりしてました。 >東京オリンピックで日本女子バレーボールが「東洋の魔女」と呼ばれ、金メダルを獲る前後ですね。 >昭和と言えば、まずそのことが浮かびますね。 >あの頃は柳ケ瀬が賑やかな時代で、何でも揃っていた。 >映画館があって、デパートがあって、食堂があって、お祭りもあった。 >コンビニはなかったけど、柳ケ瀬にいけば全部揃っていた。 >今はショッピングモールに全部持ってかれちゃって、シャッター通りになってしまったけれど。 >縁日もいっぱいあって、それも楽しかったなあ。 >サーカスや見世物小屋もよく来ていていた。 >見世物小屋には、いまだと差別になるような、ちょっとひどいものもあった(苦笑)。 >「高度経済成長期」を迎えた日本 >僕が昭和34年生まれで、「週刊少年マガジン」の創刊も同じ年。 >子供たちは、マガジン・サンデーに夢中でしたね。 >あと、僕が小学1年生のときにウルトラマンが始まって、なんだろうな…みんな科学を信じていて、宇宙の時代がこれからはやってくるんだと、未来に明るい希望を持っていたと思う。 >「週刊少年マガジン」のグラビアでも、空飛ぶ車や、テレビ電話など、未来の日本を描いたグラビアがいっぱい載っていたね。 >友達と「本当かよ~」とか言いながら眺めていたなぁ。 >そこからいわゆる「高度経済成長期」を迎えるにあたって、経済が良くなっていく感覚も子供ながらに感じていました。 >小学中学年のときに、我が家にカラーテレビがやってくるという「イベント」がありました。 >今でも覚えています。 >東芝のカラーテレビ「名門」、確か24万円くらいで、当時の親父の給料は10万円も無かっただろうから、月賦で買ったと思います。 >当時のテレビは、それくらい高かった。 >その頃はカラーテレビが出たてで珍しかったから、近所の人たちがみんなわが家へ集まってきたよ。 >今では当たり前のようなことでも、みんなで夢をみられたっていうことが、いっぱいありましたね。 >あとは、電話。 >当時は電話といえば、電話を持っている近所の人にかけてもらって呼び出してもらう「呼び出し」が多かったんだけど、小学校3年生のときに、親父が当時で7~8万円した電話の権利を買って、我が家に黒電話がきた。 >最初はベルが鳴っても、怖くて出られなかったよ(笑) >応接セットってのもあったな。 >中流階級のシンボルで、みんな、必ず四畳半の板の間に応接セットおいて、シャンゼリアを飾っていたんだ。 >安~いシャンゼリアだけどね。 >大人も子供も、「明日は今日よりいい」って信じていたし、働けば働いただけ稼げる時代ではあった。 >ただ……。 >突然、昭和を回顧する奥田氏の歯切れが、少し悪くなった。 >昭和は「乱暴な時代」でもあった >……ただ一方で、今振り返ると、昭和は乱暴な時代だったとも思いますね。 >今ほど人権もなかったし、男女の格差も当たり前のように社会で受け入れられていたし、個人の人権に関しては、本当にひどい時代だった。 >だけれども、一方で今の我々がそれを断罪できるかと言われればできないし、なんだろうなぁ……。 >日本人にとって、他にどういう選択肢があったのかっていうことを考えると、実際、そうならざるを得なかったように思うんですね。
そうですね。日本人は無哲学・能天気ですからね。 日本人には意思がないが恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。意思決定 (理性判断) の必要なところで恣意決定 (盲目の判断) を行うときわめて危険である。
>戦争にしても、もうちょっと老獪な政治家がいればよかったんだろうけど、日本人の性質として、天皇陛下のもとでみんなが馬鹿正直に全てを進めてしまったというところなのでしょうが、「じゃあ、どうやったら避けられたんだ」っていうような世界情勢なわけで……。あれほどの犠牲者を出したのはやっぱり失政だったと思うけど、まるまる避けられたのかっていったら、多分無理なわけで…。
阿呆は戦争大好きで亡国の精神の持ち主である。「戦は時の運」とか「戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして破るるは、国民の魂も失う真の亡国なり」という言葉があって、わかっちゃいるけどやめられない。ア ホレ スイスイ 、、、、、
>「昭和に帰りたいとは思わない」 >言っていることが矛盾しているようですが、昭和の人のほうがパワフルで凄い人たちだった、とも一概に思っていません。 >戦争に突き進むときには軍部に牛耳られていたし、戦後はアメリカのご機嫌取りと呼ばれた吉田茂が長く首相を務めましたし、田中角栄も個性的ではあったけど、あまり正しいことをしなかったと思います。
田中角栄は昭和の田沼意次ですかね。
>大衆も付和雷同してそれを当然だと思っていた節があります。 >だから、次男や三男が満州に送られてひどい目に遭ったりしても、みんな普通に受け入れてしまっていたわけで。 >だから正直なところ、昭和に帰りたいとは、思わないですね。
そうですね。
>人権を含めて色々なことが虐げられていたし、個人の自由もいまほどはなかった。
‘不自由を常と思えば不足なし’ か。
>会社の中においても、同調圧力はいま以上に強かったと思うし。
そうですね。
>もちろん、そうした「今」も、昭和を生きた人が戦って勝ち取ってくれた成果でもあるわけです。 >そのあたりも含めて、読者の皆さんにぜひ本書で確かめてほしいです。 >乱暴な時代でもあった昭和を象徴するシーンがある。 >「乱暴な時代」を象徴するシーン >以下は第二部、海軍に志願した主人公の一人・矢野四郎が、人間魚雷「回天」に戦友・浅野が乗り込むところを見送るシーンだ。 >四郎が微笑んでたしなめた。自分は覚悟を決めたが、仲間には生きて帰って欲しい。 >「わいにはこの世で最後の空気と景色やな」浅野が両手を空に上げて言った。 >「敵艦船は三隻や。出番はおれまで。矢野、お先にな」「ああ、残念だ。おまえの最期、ちゃんと見届けるぞ」「頼むわ。靖国で待ってる」甲板で抱擁した。浅野の体が熱いのでびっくりした。血が躍っているのだ。こいつは真の男だと感動した。(中略)「浅野艇、最後に言い残すことはあるか」浅野にも呼びかけるが、浅野が何を言ったのか、四郎にはわからない。おい浅野。おまえ、何て言ったんだ――、心の中で呼びかけた。「発進よーい!」伝声管を通じて、艦長の声が艦内に響いた。「テッ(発進)!」そのとき、発射管から逆流した空気が鼓膜を圧迫した。ベルトが外れ、三基の回天が一斉に出撃する。四郎はいても立ってもいられなくなり、発令所の入り口まで移動した。時計係が手にしたストップウォッチを、息を殺して見つめている。十秒、二十秒。まだ爆発音は聞こえない。(中略)「魚雷三本命中! 三隻とも撃沈!」最後に艦内スピーカーで報告された。「やったー! やったー!」艦内に男たちの雄叫びが響き渡る。四郎は鳥肌が立った。浅野、おまえの最期、しかと見届けたぞ。興奮して誰彼構わず抱き合った。「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」全員で万歳三唱をした。四郎は涙が止まらなかった。 >若者に「昭和」を体験していってほしい >――その「昭和」から「平成」へ、具体的に何が移り替わったのでしょうか? >昭和は終わりまでずっと、戦後を引きづっていました。 >昭和天皇が亡くなって、平成に変わって、平成天皇――いまの上皇は、戦時中は子供で戦争に対する罪はないわけで、そのときはじめて禊が終わったのかな、って感じました。
‘、、、本多様は、砂漠にただ一人、自生されたわけではありますまい。二十世紀の日本という社会に生まれ、何の権利もないのに、その社会の恵沢と栄誉を、当然のこととし負うておられます。従って本多様が「幼児であったから」「責任がない」と「いわれるなら、日本の伝統文化、それにつづく現代社会の恵沢と栄誉を受ける権利も放棄されたことになります。 、、、’ (イザヤ・ベンダサン: 日本教について)
>それから平成になり、バブルが起きて、弾けて、世の中がどんどん変わっていきました。 >ワーキングプアなんて、一番身もふたもない働き方も生まれてしまった。 >昭和の人はみんな、そんな馬鹿みたいに働いていなかったですよ。
昭和の人は義理を果たすために働いていました。義理とは個人的な序列関係より生じる義務です。義理が廃れりゃこの世は闇だと思っていました。
>格差は広がっていく一方で、いまはマンションも物凄く高騰しているじゃない。 >なんかもう、「馬鹿にすんなっ」て、みんな思っちゃうよね。 >一山あてるくらいしか、買う手段ないだろうって。 >みんな、もう頑張れないよね。 >成功体験のない人間は頑張れないっていうし……。 >日本人の性質も、随分変わったなと思いますね。 >いまの流行りではヴァーチャルなものが好まれていて、リアリズムをあまり理解していないんじゃないかな。 >私みたいなリアリズムの作家は、だいぶ貴重なものになっている気がしますね(苦笑)。 (略)
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