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2026年01月19日(月) 

 

>ググットニュース   >立憲・野田佳彦代表、新党に対する様々な声に「重く受け止めています」「率直にお詫び申し上げます」   >ググットニュースによるストーリー・   >12時間・   

>立憲民主党の野田佳彦代表が17日、自身のX(旧Twitter)を更新。   

>立憲民主党と公明党による新党「中道改革連合」をめぐる一連の動きについて説明をし、理解を求めた。    

>野田氏は、「平素より立憲民主党を力強く支えてくださっている皆様に、心から感謝申し上げます。   

>急な政局の動きの中で、『中道改革連合』をめぐり様々なご心配の声があることは、私自身、重く受け止めています」と書き出した。    

>今回の新党構想については、「今回の動きは、突然の解散という事態に対応する中で生じたものですが、決して場当たり的なものではありません。    

>昨年、高市政権が発足し、公明党が自民党との連立を解消したところから、この流れは始まりました」と説明した。    

>また、立憲民主党と公明党の理念的な共通点に触れ、「公明党の言う人間中心主義の中道の路線と、私たちが掲げてきた中道とは、理念の上で重なる部分が多くありました。   

>そうした認識のもとで、公明党も野党となった今、中道の塊を大きく広げていく機会だと考えました」と、連携に至った背景をつづった。    

>一方で、「本来であれば、十分な時間をかけ、党員・地方議員・支援者の皆様に丁寧に説明すべきでしたが、その時間を確保できなかったことについては、率直にお詫び申し上げます」と説明不足を謝罪した。    

>新党名については、「今回の新党名は『中道改革連合』、略称は『中道』です。    

>この名称には、はっきりとした意味があります」としたうえで、その理念を次のように説明している。    

>「『中道』とは、国やイデオロギーに人が従属するのではなく、個人の尊厳を守っていく人間中心主義の理念。   

 

各人に哲学が必要である。Everyone needs a philosophy.  政治家には政治哲学が必要ですね。      

 

>『改革』とは、いま直面している生活の危機を乗り越えるために、『生活者ファースト』という観点で、生活に根差した現実的な政策を前に進めていくこと。    

>『連合』とは、立憲民主党や公明党に限らず、幅広い方々にご賛同いただき、この輪を広げていこうという意思を表しています」    

>さらに、新党のカラーについても言及し、「そして新党のカラーはブルーです。    

>立憲ブルーでも、公明ブルーでもない、『中道ブルー』です」と強調した。    

>野田氏は最後に、「右にも左にも偏らない、ど真ん中の政治で、生活者をど真ん中に据える政治を実現する。   

 

野田氏の決意は、右と左を足して二で割る政治になるのですかね。   

 

>その原則に揺らぎはありません」と決意を表明。    

>そのうえで、「『生活者ファースト』の立場から、国民生活を守り、暮らしを守るために、これまで訴え続けてきた現実的な政策を、しっかりと反映していきます。    

 

日本人には現実があって、非現実 (考え・哲学) がない。現実は千変万化してとどまるところを知らない。中道の政権は時流に流される政治になるのではないのか。         

この国には何でもあるが、ただ夢と希望だけがない。未来社会の建設が必要ですね。      

 

>引き続きのご支援を、心からお願い申し上げます」と締めくくった。   

 

政治には未来の先取りが必要ですね。中道の政権による未来社会の内容はどのようなものになるのでしょうかね。      

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。

わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。非現実の内容 (視点・論点) がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。   

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)   

 

 

 


閲覧数17 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/01/19 00:44
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