武田鉄矢氏 |
>ピンズバNEWS >武田鉄矢が日本文化に提言「日本は弱い国を目指そう」 >ピンズバNEWSの意見・ >19時間・ >武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。 >まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。 >日本在住のドイツ女性マライ・メントラインさんの著書『日本語再定義』(小学館)という本を題材に、武田流解釈をふんだんに交えて日本語について深堀りしております。 >今回は5回目。 >今回は皆さんもときどき耳にする機会があるかもしれない、“ワンチャン”という流行語について考察していこうと思います。 >【ワンチャン(名詞)】 >「もしかしたら~」「ひょっとしたら~」といったニュアンスで使われる言葉ですが、マライさんはワンチャンを、こう定義しています。 > (以下引用) >ワンチャンとは二〇二〇年前後に日本社会に拡散したスラングだ。 >「ワンチャンス」の略である、用法としては「ワンチャンいけるっしょ」などが一般的といえる。 >(中略)「あわよくば」の場合、徹頭徹尾、実現可能性は低いものとして認識される。 >しかし「ワンチャンいけるっしょ」の場合、そこには「実現可能性は低い」ままながら「必勝」じみた意志が込められる傾向がある。 >言い換えれば「もし、すべてのプロセスでこちらの狙いどおりにコトが進めば」いけるっしょ、という感じだろうか (マライ・メントライン『日本語再定義』小学館) >(以上引用) >マライさんはワンチャンの具体例として、「真珠湾攻撃」を例に挙げております。 >海軍大将の山本五十六が考案した作戦。 >「訓練に訓練を重ねて練度を上げれば必ず成功する。 >いや、やらねばならん! やるしかない!」という、まさにワンチャンに賭けた作戦がハマって、成功した。 >現代でもワンチャンに賭けた作戦が成功した例があります。 >マライさんが挙げているのが、2014年にロシアのプーチンが仕掛けたクリミア併合。 >ワンチャンに挑んだプーチンは、欧州がモタモタしている間にクリミアをロシアのものにした。 >その勢いで、ツーチャン目を狙ったのがウクライナ侵攻。 >このウクライナ侵攻はもう間もなく4年、まさに泥沼です。 >私は戦争に負けた国に戦後間もなく生まれたので分かりますが、戦争の傷って、本当に残るんですよね。 >傷が癒えるまで両国とも20年以上かかるんじゃないでしょうか。
‘鬼畜米英’ ですね。
>■“ワンチャンの罠”とは >「ワンチャン」とはまさしく「ワン」であって、「ツー」とか「スリー」はない。 >ワンチャンの成功で味をしめてツーチャンを狙いにいくと、大きな敗北を背負うことになるというのが“ワンチャンの罠”なんですね。
柳の下にいつも泥鰌はいない。
>日本的にいえば、ワンチャンの後は必ず『平家物語』のオチになる。 >つまり“盛者必衰”の理です。 >これは私の直感ですが、そういう意味では“ワンチャン使い切った国”っていうのは、いくつかあるんじゃないだろうか。 >私はね、日本はまだワンチャンを使ってないような気がするんだ。 >なぜ、そう思うかというと、近頃話題のインバウンド。 >外国人観光客の急増。 >私世代が感じる最大の不思議は、こんな極東の端っこの国に外国から観光客がいっぱい来ているということです。 >今の若い人たちはピンと来ないかもしれないけど、我々のような団塊の世代に属している人間というのは“世界の田舎ニッポン”というのを体験しているわけです。 >だって、オレが中高生の頃、ヨーロッパの国の教科書では、日本のことを、どんなふうに紹介されていたか。 >「日本人はお城に住んでいて、会社に行くときは忍者の格好をして行きます」 >そんなのが当たり前だった。 >特に当時、日本と交流が少ない東ヨーロッパの国なんていうのは、その程度の認識だった。 >かつて大作家の司馬遼太郎が日本に関して、はっきりと冷めた声で、こう言っておりました。 >「この国は自転車操業なんだ。 >ペダルをこぐのをやめたら倒れるんだ」
日本人はその日暮らしですね。
>別段、資源を持ってるわけでもない、まったく余裕のない日本のような小っぽけな国が生きていくには、常にペダルをこいでないと、すぐに倒れてしまう。 >あたかもハツカネズミが回し車の中でグルグル回っているかのように、休む間もなく全力で走り続けているのが日本人だというんですね。
そうですね。日本人はナウな感じのする生活をしていますね。日本人には世界観がない。
>そんな弱小国家の日本という国に、大挙して外国人が見物に訪れる。 >これは大きな“チャンス”です。 >■日本の文化に世界が安らぎを感じている >彼らが一体、何を見物しようとしているのか、不思議ですよね。 >彼らはわざわざ遠い国の日本まで何かを探しに来ている。 >それが何なのか。 >もったいぶらずに言わせてもらうと、彼らが探しているのは“弱い国”ではなかろうか。
歌詠みの国ですね。気分・雰囲気・感情を大切にする。
>今、世界を牛耳っているのは強い国。
そうですね。力は正義なり。(Might is right.) わかりやすい。アニマルでもわかる。
>みんなもう、そういう強い国に疲れちゃったんでしょうね。
わかちゃいるけどやめられない。
>世界的には円安で経済的にも弱いし、政治的にも弱い日本。
日本人には意思がない。意思のない人間には責任もない。だから、信頼が得られない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]
>でも、その日本に行ってみると、人々はすれ違うときにバウ(お辞儀)をするとか、何かをしてあげると必ず「ありがとう」を言うとか、道路を横断するときも横断歩道の手前で停まってる車に会釈するとか、そんな“ホッとする”文化が日本には山ほどある。
日本人は馴合っていますね。
>そういう日本の文化に世界中が安らぎを感じるようになった。 >強い国っていうのは、いつも気を張ってないといけない。 >油断して怖い目に遭ったら、どんなことされるか分からない。
自己責任ですね。
>ところが、この国は落とし物をしても返ってくる。 >新幹線で忘れ物をしても99%戻ってくる。 >道端でも寝てられるし、電車の中でも平気で寝られる。 >そんな国は世界中どこを探してもない。
そうですね。馴れ合いの島国ですね。わが国の風俗・習慣は日本人の移民によっても海外に広まることもない。
>強面ではない弱い国・日本の弱くて優しい文化が、ちょっと居心地がよくて安らぎになっているのではないだろうか。 >ある番組で、桜見物に上野の山を訪れたアメリカ人にインタビューしたときに、そのアメリカ人のおじさんが、こう言っておりました。 >「散る桜ぐらい美しいものはない」 >いかにも、しっかり造られたヨーロッパ式庭園よりも、自然を模したような日本庭園に咲く桜を求め、それも散り際の美しさを愛でるようになった。 >彼らは「弱いものは美しい」ということに気づきだした。 >ある外国観光客が日本に来て「ものすごく感動した」と挙げていたのが夏場のあるシーンでした。 >日傘を差したご婦人が日傘を差していないご婦人と道で出会ったとき、さりげなく日傘を閉じて会話していた。 >つまり、同じ暑さの下で過ごす気遣い。 >日本人の習慣を支配しているのは論理とか科学じゃない。 >感性なんです。
そうですね。馴れ合いですね。以心伝心か。
>そういう文化を維持している日本。
日本人には哲学がないから、その代わりに歌詠みがある。哲学には意味があり、歌詠みには意味がない。
>散り際の桜を美しいと感じるように、日本文化が持つ“儚い美しさ”に魅力を感じる。 >弱い国のカルチャーに安らぎを感じる。
力が入らないから疲れない。
>そういう外国の方が確実に増えている気がします。
珍しいですからね。ガラパゴス諸島の様なものか。
>世界の大きな舞台から一番端っこの極東にある日本。 >その弱い国ニッポンが持ってる“弱い国の文化”が、今まさにワンチャンになりつつある。 >「強い国ではなく、弱い国を目指そう」 >これも私の直感ですが、世界の人々が日本という国が持っている“弱い文化”に目覚め始めると、強い国が牛耳ってる今の殺伐とした世の中とは違う世界ができてくるような気がします。
そうですね。自己主張のない世界ですね。
>日本の弱くて儚くて優しい文化が世界を救うかもしれない。
つかみどころのない世界ですね。 照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜(づきよ)にしく物ぞなき (大江千里)
>さあ皆さん、日本のワンチャンに賭けましょうぜ!
はかない望ですね。
>武田鉄矢(たけだ・てつや) >1949年生まれ、福岡県出身。 >72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。 >翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。 >日本レコード大賞企画賞受賞。 >ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。 >武田鉄矢が語る“オカルトを信じる日本人”「現代のネット社会に蔓延する“呪いの言葉”を使う人たち」
|