不可侵条約 |
>現代ビジネス >ヒットラーの「独ソ不可侵条約」はヨーロッパでは日常茶飯事…ヨーロッパ人のDNAに刻まれた、血で血を洗う「権力闘争の歴史」 >菊池良生の意見・ >1日・ >ヨーロッパ随一の強国は、ひとりの男によって作り上げられた。 >その名は神聖ローマ帝国初代皇帝・オットー1世。 >欧州を席巻した苛烈な王の生涯は、戦いの軌跡だった。 >身内からの反乱にイタリア遠征、そして強敵ハンガリーとの戦争。 >彼はいかにして数多の勢力を下し、その地位を固めていったのか。 >オットー1世の生涯を辿れば、中世ヨーロッパが見えてくる。 >ドイツの源流・神聖ローマ帝国の歴史を綴った『ドイツ誕生 神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世』から一部抜粋・再編集してお届けする。 >『ドイツ誕生 神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世』連載第3回 >『“ドイツを作った男”の素顔は誰も知らない…「文章記録」も「肖像画」もほぼない、謎に包まれた「オットー1世」の実像に迫る』より続く。 >「敵の敵は味方」 >1939年8月23日、「独ソ不可侵条約締結!」のニュースが流れ、世界中に激震が走った。 >スターリンと手を組んだヒトラーはこれを「悪魔を倒すために魔王と結んだ条約」と言い放った。 >言いも言ったりである。 >しかしこの「敵の敵は味方」の論理はヨーロッパでは別に珍しくも何ともない。 >ヨーロッパ大陸は地球の全地表のわずか7パーセント弱に過ぎない。 >これに対してアジア大陸は30パーセントを占めている。 >つまりヨーロッパとは「広大なアジア大陸にくっついたちっぽけな半島に過ぎない」というわけである。 >しかし険阻なアルプス山脈を除けば、だいたいがなだらかな地形で人が分散して住むことができる。 >それゆえこんな狭い地域に言語、習慣も異にする大小40ヵ国がひしめき合うことになる。 >しかもまだ近代的国家概念などなかった中世では、今日のドイツやフランスやイタリアなどは内部が各部族に分かれ、離合集散を繰り返し、血みどろな戦いを繰り広げていたのである。 >「殺戮」と「血」 >その部族とはおおむねゲルマン民族の各部族である。 >ゲルマン民族は何よりも名誉と勇気を美徳とした。 >この部族社会では人を殺して、その遺体を臆病にも隠蔽したものだけが殺人者の汚名を着ることになる。 >遺体を公然と転がし、復讐に備えるものは殺人罪ではなく傷害致死罪として罰せられた。 >なにしろ強盗は被害者の前に顔を晒すので窃盗より罪が軽いという社会である。 >まったくどこもかしこも匹夫の勇だらけであった。
力は正義ですね。Might is right.
>しかしよく考えてみればこれは何もゲルマン系に限ったことではない。 >例えばビザンツ帝国(東ローマ帝国)の歴史を瞥見するだけで目をそむけたくなるようなおどろおどろしい権力闘争が目白押しである。 >要するにヨーロッパ全体がそうなのだ。 >だからこそ「ヨーロッパ人は根っからの戦士である。 >彼らは敵に勝ち、殺し、その肉を食らい、その血を飲みたいという欲望を知っている。
そうですね。弱肉強食は我々人間だけの行動でもないですね。
>この欲望を『文明化』したのが聖体拝領、ミサの生贄だ」(フリードリヒ・へール、杉浦健之訳『われらのヨーロッパ』)という言辞も極論に思えなくなるのだ。 >こんな伝統と習慣を受け継いできた連中のことだ、やることがえぐいはずである。 >考えてみれば「独ソ不可侵条約」などはヨーロッパの歴史では日常茶飯事であった。
そうですね。 西洋人には現実 (事実) と非現実 (考え・哲学) がある。条約があっても守る意思がなければ、それはそれまでである。 日本人には現実があって、非現実がない。条約があっても履行がないのは日本語脳では考えられないことである。だから我が国では条約の不履行は日常茶飯事にはならない。
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