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2026年02月26日(木) 

 

>ABEMA TIMES   >「ガチンコで負けた気がしていないなら感覚が鈍っている」「ビラ撒きだけで民意をはからずネットのコメントも読んで」中道改革連合の大惨敗 泉健太氏、野田佳彦前代表の発言にピシャリ   >ABEMA TIMES (Microsoft)によるストーリー・   >10時間・   

>衆院選で大惨敗した中道改革連合が、小川淳也代表のもと、新執行部を発足させた。    

>落選した旧立憲の候補者らが胸中を明かすなか、前共同代表の野田佳彦氏の“敗戦の弁”が話題になっている。    

>『ABEMA Prime』では、野田氏の発言に、中道で当選した泉健太氏(元立憲民主党代表)がピシャリと批判。    

>落選した前衆院議員らとともに、今後の自身の動きを語った。    

>■強大な高市自民に戦う姿勢が揃わなかった中道    

>元朝日新聞記者で、元立憲民主党政調会長筆頭補佐の山岸一生氏(東京9区)は、「3つの玉」を敗因に挙げる。    

>まずは「政策の“玉”切れ」で、「食品消費税の争点がつぶされ、その後の二の矢、三の矢を準備しきれていなかった」と話す。    

>2つ目が「“玉”木国民民主党代表」だ。    

>「我々が野党をまとめきれなかった。    

>東京などでは、国民が大量に候補者を出して、野党候補がバッティングして、票が割れてしまった。   

>そこは我々の力不足だ」。    

>そして最後が「トップの“玉”」で、「『高市か、高市以外か』という選挙に対して、本気度を持って『野田総理で政権交代だ』と訴えきれなかった。    

>中道自体が『負けすぎると大変だからくっつこう』という“守り”から始まったため、街頭でも『政権交代でこれをやりたい』ではなく、『自民党が勝ったら大変だ』という守りの演説になってしまった」と振り返る。    

>今後どうなると予想されるか。    

>「来年4月に統一地方選挙があり、自治体議員が一番の被害者だ。    

>野に下った我々も含め、地域からボトムアップで課題解決する運動を起こすしか、再生の道はない。    

>トップダウンで『一緒になるぞ』と言っても誰も付いてこない。」。    

>落選者の現在については、「3種類に分かれる。    

>やる気をなくして泣いてばかりの仲間と、他責思考に陥っている仲間。    

>『頑張ろう』という仲間は3分の1しかいない。    

>それでも、『焼け野原の中で何かやろう』という人はいるため、そこにきちんと旗を立てていく」と語る。    

>元経済産業大臣で、旧民主党代表の海江田万里氏(東京1区)は、「経済の世界には1番底、2番底、3番底があるが、今は2番底だ。    

>3回くらい負けて、そこから立ち直れないと本物ではない。    

>郵政選挙の時も3年10カ月かかった。    

>どこまで耐え忍び、その間の参院選や統一地方選挙で、どこまで反転攻勢に立て直すかが今後を左右する」と指摘した。    

>そして、V字回復のポイントとして、「歩き回る“靴底減らし運動”だ。    

>これは階猛幹事長もよく知っている。    

>党幹部が全国を回って声を聞く。    

>我々の声も聞いて結構だが、まずは自治体議員など、周辺にいる人たちの声を聞いてほしい」とアドバイスする。    

>■泉健太氏、野田前代表の“お詫び”コメントに「負け惜しみ」    

>泉氏は今回、中道の代表選には出ず、新体制では“代議士会長”になった。    

>「立憲系が21人しかいない中で、手を挙げるのは勇気がいる。    

>立憲系議員に『この中で本気でトップをやるヤツはいるか』と聞いたところ、階氏が『俺やるよ』と手を挙げた。    

>小川氏も会合直後に出馬表明している。    

>火中の栗を拾おうとするなら、やってもらうしかない。    

>2人とも十分やれるだろう」。    

>自身の再登板はなかったのか。    

>「3年間の代表任期で全力を尽くして、まだ回復途中だ。    

>ポストに就くと、公のことに追われてしまう。    

>仲間がこれだけ議席を失ったのだから、誰かがしんがりを務めないといけない。    

>全国を実際に歩いて、仲間たちをサポートする必要があり、今回はその役割だろうなと感じた」。    

>代表時代を振り返り、「すごく大変。    

>神経をすり減らす仕事だ。    

>ただ『機会があるからやる』という話ではなく、心技体が整っていないとできない。    

>そこで今回、小川氏と階氏が『脂ののった時期だ』とチャレンジしたことは評価すべきだ」とした。    

>野田前共同代表は2月16日、ブログに「お詫び」と題した記事を投稿した。    

>そこでは「自民党にガチンコ勝負で負けたという実感はありません。    

>高市総理への期待感だけの『推し活』のようなイメージ論に、選挙戦全体が支配されてしまったように思います。    

>何とも言えない独特の『時代の空気』に、私たちの訴えが飲み込まれてしまいました」とコメントされていた。    

>この“敗戦の弁”について、泉氏は「完全なる負け惜しみ。    

>正直、『何言うてんの』だ。    

>ガチンコで負けた気がしていないなら、感覚が鈍っている」と指摘する。    

>「僕は野田氏の側近に『頼むからビラ撒きだけで民意をはからないでくれ。    

>ちゃんとネットに向き合って、コメントを読んでくれ』と言っていた」。    

 

そうですね。政治家は時代に遅れないようにしましょうね。  

 

>海江田氏も「一番の敗因は若者の中に入っていけなかったこと」と考える。    

 

そうですね。我が国には何でもあるが、ただ夢と希望だけがない。

夢と希望のない若者はみじめですね。その日暮らしの生活がどこまでも続く。   

政治には未来の先取りが必要である。  

だが、日本人には世界観がない。それで、来るべき未来社会の内容を語る政治家もいなければ、それを問う有権者もいない。八方塞がりですね。         

 

>元防衛副大臣で、元立憲民主党幹事長代行の渡辺周氏(静岡6区)は「世論調査を見ると、高齢者が答える1000サンプルの電話調査では、勝っているかトントンだった。    

>しかし、500サンプルのネット調査では大負け。    

>街角の反応は悪くなかったが、民意を測りきれず、軽視していたのが敗因だ」との考えを示す。    

 

政治家と若者の対話が不足していたのでしょうね。   

 

>山岸氏は「小泉進次郎氏と同い年の44歳だが、同世代から支持されていないと感じた」との印象を明かす。    

 

それは残念なことですね。   

 

>■中道が再び立ち上がるには?    

>中道が再起するには、どのような道を取ればいいのか。    

>泉氏は「野党第1党の責任感から、『自民党と戦わなければ』と、お客さんそっちのけでパンチを繰り出すことばかりに熱心だった。    

 

そうですね。政治は格闘技の様なもということですね。政治家の世界観比べにならないのですね。      

 

>市民の話を聞く機会が足りず、ネットのコメントも軽視してはいけない。    

>批判されるほどに『そんなものは』と遠ざけた姿勢が良くなかった」と考察する。    

 

そうですね。議論嫌いですね。無哲学・能天気ではそういうことになりますね。      

 

>EXIT・兼近大樹は、「自民党を批判する姿ばかり目に付き、ブレーキ機能ですら危うくなったのが敗因ではないか。    

 

相手を批判することが大好き。自己の構想を明らかにすることには熱意がない。だからお互いの世界観比べにならない。      

 

>『ハンドルを持たせたらどうなるか』の期待感は全くなく、むしろ不安感ばかりが募っていた」と感想を述べる。    

 

そうですね。自己主張がなければ、期待感もない。   

 

>そして、「わかりやすいメッセージがあれば、若者も『ただのブレーキではない。    

>すごいハンドリングテクニックを見せてくれる』と期待感を持つ。    

>ハードルを一気に下げて、あとは上がるしかない状況であれば、褒められるのではないか」とアドバイスした。    

>「結局は存在感だ。    

 

そうですね。自己主張があれば個人の存在感も出る。   

 

>投票する側は『なんとなく』で決めている。    

 

政治は人気投票ですね。   

 

>言論の場に出てくれれば、『こういう人なんだ』と理解する。    

 

言論の場での発言は文になる。文は人なり。   

 

>SNSもそうで、バズを生み出すのは正直簡単だ。    

>立憲と公明がバチバチの討論で、ケンカすれば絶対にバズる。    

>そうして存在感を出してから、ひとり一人を見せていくしかない。    

>何者でもない人が『何かをした』と言っても刺さりにくい」。    

 

日本人は ‘個人の考えは通らない’ と教えられている。そこで日本人は周りの人と相談をして考えを決めることにしている。  

日本テレビの単独インタビューで「このままでは日本人は滅びる」と日本の将来に危機感をあらわにしていた、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長。

[2024年 10月] 10日の会見でも「日本人同士のなれ合いみたいなことは廃止すべき」と改めて警鐘を鳴らしました。

 

日本人は‘なあなあ主義’ で話をする。‘なあなあ主義’ とは、真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませること。‘以心伝心・阿吽の呼吸・つうかあの仲’といったところか。     

 

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調しています。

「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、ながいセンテンスをきっちり言えるようにならなければ、大人になって、ひとの話もきけず、なにをいっているのかもわからず、そのために生涯のつまずきをすることも多い。」  

 

>(『ABEMA Prime』より)   

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

 

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

高等教育機関において自己の個人的な見解を明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。   

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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