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2026年02月28日(土) 

 

>ラブすぽ   >神様は板の間、仏様は畳の間?日本の住まいで「神仏の位」を決める床の高さの秘密   >ラブすぽの意見・   >1週・   

>神社やお寺で部屋によって高さが違う面白い理由とは?

>床の高さで人と神仏の位がわかる   

>建物の床が平らなのは万国共通です。   

>人類はもともと四足歩行でしたから、直立した今も岩場や斜面を歩くのは得意ではありません。   

 

ヤギは四足歩行でも岩場・斜面が得意ですね。これは、どうしたわけでしょう。      

 

>だからこそ人間はフラットな道をつくり、フラットな面を重ねた階段を考えたといえます。    

>ましてや休息の場である住まいの床を平らにするのは当然でした。    

>しかし日本の床はただ平らなだけでなく、3段階の高さを設けていたのです。    

>昔の一般的な農家を見ると、土間、50センチほど高い板の間、さらに3センチ高い畳の間と、三つの高さの床があることがわかります。    

>このわずかな差には、目上と目下という身分差を示す役割がありました。   

 

そうですね。日本人には ‘上と見るか、下と見るか’ の判断が常に必要ですね。   

 

>実際、床の材料も下から順に土、板、畳と高価になっていきます。    

>そして土間は使用人がつかい、板の間は家族、畳の間はおもに来客用だったのです。    

>人だけではなく、神仏も住みわけていました。    

>土間のカマドに祀られるのは荒神や竈神、洗い場や井戸は水神です。    

>これらは由来の明瞭でない土俗的な神々でした。    

 

彼らは自然信仰から来ている神様たちでしょうね。   

 

>神棚は板の間にあり、天照大神や氏神、国津神が祀られます。    

>いずれも『古事記』や『風土記』などに出てくる由緒ある神々です。    

>畳の間には仏壇が設けられ、釈迦や先祖が祀られました。    

>神と仏は本来、上下差はないはずです。    

>神(板の間)を鴨居の上、仏(畳の間)は下に祀ることが多いのは、そこを調整しているのかもしれません。    

>このように床の段差という些細な部分にも、人と人、そして神と人とのコミュニケーションが読み取れるのです。   

 

そうですね。序列民族の仕来りですね。   

 

>ちなみに土間は竪穴住居、板の間は貴族の寝殿造、畳の間は武士の書院造の名残りとする学説もあります。    

>出典:『眠れなくなるほど面白い 図解 建築の話』著/スタジオワーク    

>(略)  

 

日本語の文法には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。だから難関出身者たちが日本社会で幅を利かせている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会 (身分制度) の言い換えに過ぎない。明治を境にして一生変えられない身分制度が変えられる身分制度になったのである。だから、わが国の学歴社会は学問の発展には何ら寄与していない。人間としての順位の比較は没個性的でなくてはならない。個性を勘案したら序列判定に不公平が生じる。受験戦争は他人の受け売りを使った戦になっている。だから、我が国の序列競争の激しさは個性の育成の足かせになり、自己実現の妨げになっている。    

 

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅苦しい日常生活を送っている。ため口を禁じられているので、相手と対等な立場でものをいう事ができない。人間が真に平等であるという実感を体験することができない。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。   

 

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。その程度は序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的には意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬と序列作法には浅薄さが付きまとう。   

 

日本人の政治家にも、政治哲学がない人が多い。だから、我々の未来社会の有様を相手に言って聞かせる術がない。それは非現実 (考え) の内容を盛り込むための構文が日本語に存在しないからである。序列人間は人間の序列を作っていて、上位の者 (先輩) と下位の者 (後輩) の間に自分を差し挟むことにより自分たちの存在をウチソト意識として確認し合っている。だから、自己の所属する序列に並々ならぬ帰属意識を持っていて義理 (序列関係から生じる個人的な義務) を果たすことに懸命になる。そして、かたい契りの義兄弟になる者もいる。無哲学と序列メンタリティの相乗作用により派閥政治は無くならない。周囲の序列仲間が自分たちの序列に対する貢献度を評価する。これにより自己の順位は上昇する可能性がある。個性に焦点を絞ることのない人間比較の叙勲は国体 (序列国家) に関する国民の意識を高めている。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数24 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/02/28 16:12
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