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2007年05月21日 13:30
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最新投稿:07年05月21日 13:30
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能登半島観光支援お願いいたします。 内容 能登半島地震(3月24日)からまもなく 2ヶ月を迎えようとしております。 災害復旧と復興が同時に進行しております。 ほとんどの交通も復旧し各宿泊施設も再開いたしております。 観光支援をお願いいたします。 石川県HP http://www.pref.ishikawa.jp/ ほっと石川旅ねっと http://www.hot-ishikawa.jp/ 輪島市観光民宿組合 http://www.wajima-minsyuku.com/ わくら温泉わくらづくし http://www.wakura.or.jp/ 珠洲市観光協… |
2007年01月02日 21:12
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最新投稿:07年01月02日 21:12
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京都の観光名勝としてはならないものに「白峰神宮」がある。 烏丸今出川を真っ直ぐ西に、上京区役所を越えると小さな神社があり、門前には「皇族下馬下乗」の厳めしい高札がたっている。 崇徳上皇は皇統譜上の父(実際は甥)鳥羽法皇の崩御後、公家、侍を抱き込んで実際の最高権力者の地位を弟(実際は甥の子)の後白河天皇と争い敗れ、香川県白峰山の山中に流された。 世に言う保元の乱である。 敗れた崇徳上皇… [地図情報有り]
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2006年12月18日 22:27
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最新投稿:06年12月18日 22:27
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幽霊飴伝説 六道珍皇寺の近くに「幽霊子育飴」という看板がかかった小さな飴屋がある。「みなとや幽霊子育飴本舗」といい、売ってる飴はこの飴一品のみという究極のオンリーワンな店だ。 この子育て幽霊の話は確か江戸時代ごろの結構有名な話で聞いたことのある人も多いと思う。以下簡単にその話を書く。 **** 昔、毎晩夜更けになると、飴屋に飴を買いに来る女があった。不審に思った主人が恐る恐る女の後をつけてみる… [地図情報有り]
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2006年11月09日 16:25
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最新投稿:06年12月14日 16:18
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全国の御国自慢をお茶っ人を通じて紹介してください。 気象庁http://www.jma.go.jp/jma/ 成田国際空港http://www.narita-airport.jp/jp/ 羽田空港ターミナルhttp://www.tokyo-airport-bldg.co.jp/ JR東日本 http://www.jreast.co.jp/train_info/shinetsu.asp JR東海http://www.jr-central.co.jp/ 日本民営鉄道協会http://www.mintetsu.or.jp/ 時刻表リンクhttp://www.jikoku.com/index.html 出張リンクhttp://www.csj.co.jp/b_trip/ 旅行リンクhttp://www.ryokolink.com/travel/rail_f.html 温泉モデライター山崎まゆみ応援サイ… |
2006年12月13日 04:31
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最新投稿:06年12月13日 09:31
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近郊の井手町と和束町の境近くに大正池というため池があります。 大正池は玉川に流れ出る水量を調節する機能を有し、洪水被害防備のため、玉川堤の護岸改修と伴に改良が進められてきました。 大正池の周囲は自然環境の観察などを目的とした施設として整備されましたが、残念ながら道路事情が悪く大型バスなどの乗り入れは出来ません。 家族で、安上がりで、かつ、教育上有意な一日を過ごしたい向きにはお勧めです。 [地図情報有り]
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2006年12月10日 17:57
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最新投稿:06年12月10日 17:57
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六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ) 六道珍皇寺は東山区の松原通りにある。松原通はかつての五条大路であり、葬送の地、鳥辺野(五条坂から今熊野への阿弥陀が峰の麓一帯)へ亡骸を運ぶ通り道であった。平安時代の都人は五条大路を亡骸をかついで鴨川を渡り、この六道珍皇寺で野辺送りの法要を行い、その後鳥辺野へと運んだ。 六道とは仏教用語で言う地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道の六つの冥界のことで人間は… [地図情報有り]
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2006年12月06日 00:29
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最新投稿:06年12月06日 00:29
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川崎大師、寝屋川の成田山と伴に、交通安全祈願の別格寺院として有名でった。 檀家衆の話によると、昔の住職が多額の金員を寄進して別格となったとのこと。 交通安全祈願の一見客相手で日銭が入るので、金貸しに待って貰ってきたが、スイスの金鉱脈に投資したとの噂のあった住職が逃亡、競売の上除却された。 檀家衆でこの数年間、盆暮れに般若心経の読経を頼んだ者もなく、まさに、成田山不動産であったとのこと。 今は… |
2006年12月02日 19:33
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最新投稿:06年12月03日 15:19
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第1章 洞ヶ峠 織田信長亡き後の天下を巡って争われた大山崎の戦い。筒井 順慶の洞ヶ峠での日和見の伝承はあまりに有名であり、日和見することを俗に「洞ヶ峠を決め込む」という。 しかし、この名勝洞ヶ峠が八幡市にあることはあまり知られていない。現地は国道一号線が縦走する交差点になっており、わずかに残った竹林だけが当時を忍ばせる。 京都大阪を眺望できる景勝地であり、京、大阪の県境ざかいに、交通安全祈念の道… |
2006年12月02日 22:05
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最新投稿:06年12月02日 22:05
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教王護国寺(通称:東寺) 実は弘法大師「空海」はまだ生きている!! 空海上人は奈良から平安へと時代が代わりつつある頃唐へ留学し中国密教の真髄を手にして大同元年(806年)帰国した。当初20年の予定をわずか2年足らずで修得したとして自分で判断して切り上げて帰ってきた。天才といわれる所以である。天才であるがゆえにとことん不遜で傲慢なところもあったようだ。 空海が開いた高野山に空海は今でも生きている… [地図情報有り]
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2006年11月22日 22:56
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最新投稿:06年11月29日 19:03
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式神が闇を走り人が死ぬ 陰陽師、安倍晴明は言わずと知れた平安時代のスパースターだ。スマップのキムタクなんか目じゃないくらい超人気者であった。その人気は平安時代から続いており今では映画・小説・漫画になってブレイクしている。 陰陽師とは陰陽五行説に基づき天体を観測したり、暦を作ったり、占いをしたり、祈祷をする宗教者であり当時の国家官僚の中でも大きな存在であった。陰陽師は呪術によって人々を「怨霊」や… [地図情報有り]
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