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2022年08月15日(月) 

 

>文春オンライン  > 「日本人はね、1人も助からんよ。そういう戦いだもん」惨敗、マラリア、餓死…ガダルカナル島で散ったある精鋭部隊と“その後” > 小池 新 2022/08/14 17:10  

 (略)   

>「なにか変だ」銃を手に無言、ずぶ濡れの下半身、どす黒い顔…激戦の南太平洋で散った精鋭部隊の“戦争怪異譚”が伝えるもの から続く  (略)   > それにしても、太平洋戦争の数多い戦場の中でも、ガダルカナル戦でこうした稀有な怪異譚が生まれたのはなぜなのだろう。 > 考えられるのは、戦死した一木支隊の兵士のほぼ全員が、なぜ自分が死なねばならないのか、全く分からないまま命を落としたということだ。  >死の覚悟どころか、故郷や家族や友人らに思いを寄せる余裕もなく砲火の中でみじめに死ななければならなかった。   

 

本当に残念な戦死ですね。   

 

>「証言記録『兵士たちの戦争』2」によれば、支隊生き残り兵士の一人は「やっぱりいまでも、いっぺんでいいから偉い人に聞いてみたいと思いますね。  >何のために私たちはあの島へやられたのか」と語る。

 

そうですね。それは兵士たちの当然の疑問ですね。    

 

> 別の一人はこう言い切る。 >「われわれは戦争に行ったんでないって。  >殺されに行ったんだって言うの。

 

そうですね。ノー・リーズン (理性・理由・適当) で放っておかれては、兵士たちは犬死の為にガタルカナルいったことになりますね。   

 

>俺に言わせれば。 >戦争っていうのは、戦って初めてね、負け勝ちを決めるんだから。  >違うんだもん。 >われわれは戦ってないんだもの。 >とにかく悲惨だよね」  > その怒りをどこにぶつけていいか分からない。   

 

作戦の責任者が誰であるか隊員に知らされていないからですね。とかく、この世は無責任か。      

 

>そんなこの世に残した無念の思いが怪異譚を生むことにつながったのではないか。   

 

そうですね。日本人の場合には責任の追及にはならないことが多い。だから、昔から恨みを持って死んだ人が化けて出る。   

 

> もう1つあるとすれば、ガダルカナルが、あの戦争の性格を如実に表した戦いだったからかもしれない。 > 太平洋戦争の「分水嶺」と呼ばれ、それまでの日本軍の連戦連勝からアメリカ軍の反攻の前に敗戦と撤退の連続に移る転換点。  

 

‘脳足りん’ の日本軍が連戦連勝を続けることは難しい。わが国では今でも人手不足がある。しかし、社会に頭脳不足が生じたということはない。      

 

>日本の勝利を信じて疑わなかった国民が「何かおかしい」と思うようになった。   

 

そうですね。必勝の洗脳だけでは勝利は来ませんね。    

 

> さらに生き残った兵士も飢餓と病苦のどん底に落ちて行く悲惨。 >数多くの太平洋戦争の戦場の中でも、ガダルカナルが、1944年3月に始まったインパール作戦に次いで愚かな戦いだったといわれる。  

 

そうですね。無謀の一語に尽きる作戦ぞろいですね。    

 

> 全体状況を正確に捉えようとせず、自軍の能力を過大評価し、敵をなめてかかって強気一辺倒で押す。  

 

 '敗因について一言いはしてくれ。我が国人が あまりの皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである。我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである'  (昭和天皇)    

 

>兵力を小出しにして撤退を考えない。   

 

 <日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れます。その一例を以下に掲げます。

私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り)   

 

>補給や通信・連絡を軽視する。

 

 皇軍は神経系の鈍い集団でしたね。     

 

>陸軍と海軍の連携が皆無……。   

 

‘御国の守り陸海軍’ というのは単なる語呂合わせだったのですね。序列社会 (上下社会) の致命的な盲点ですかね。横には通じていない。          

日本文化には、形式があって内容がない。だから、人々には質問する機会も無く、社会に恨みが募るばかりである。万機公論に決すべし。         

 

>そして、その根底にあったのが軍人勅諭で「死は鴻毛よりも軽し」とされた根本思想。   

 

‘人の命は地球よりも重い’ と考えるべきでしたね。     

 

> ガダルカナルから旭川に帰還した幽霊部隊は、そうした人命を軽視した愚かな戦争に対する無言の怨嗟の表れであり、80年後のいまも、あの戦争の本質について考える重要な素材なのではないか。   

 

そうですね。日米の文化の差を見せつけられましたね。日本人には批判精神がないから、責任者への責任の追及ができない。それで至る所に幽霊部隊が出現しますね。      

太平洋戦争初期に、フィリピンの米比軍はキング少将もジョーンズ少将もいち早く投降して、75000人以上の将兵の命を救った。

太平洋戦争後期に、日本軍は米空軍の飛来をゆるして、1945年3月10日未明、東京の下町の江東地区がB29約300機による空襲をうけ、死者10万をこす被害を出した。

日本人の指導者には、作戦の成否を予測する力はないのか。人命は鴻毛よりも軽く考えられていたためであろうか。  

 

(略)     

 

 

 

.

 

 

 

 


閲覧数19 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2022/08/15 17:33
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