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2023年01月18日(水) 

 

>一刻も早く「終身雇用」を捨て「能力と経験が尊ばれる時代」へと踏み出せ!:「人事のプロ」が語る日本型雇用システムのタイムリミット   

>個人にせよ企業にせよ、「人材の流動」は、一般的に安定とは程遠いものとしてとらえられてきた。   

>しかし、「どんどん変わっていかなければ対応できない時代」が訪れたいま、適材適所で人材が流動することは、結果として企業のパフォーマンスを上げ、個人や社会のウェルビーイングにもつながっていくのではないだろうか。   

>だとするならば、これからの「働く」はどうシフトしていくのだろうか。   

>来たるべき変化に備えるべく、人事のプロ・佐藤邦彦(Thinkings執行役員CHRO)に話を訊いた。

(略)

>佐藤邦彦 | KUNIHIKO SATO   >Thinkings執行役員CHRO。   >1999年、東京理科大学理工学部卒業。   >同年、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)入社。   

>業務改善・IT導入支援などのコンサルティングに従事した後、2003年にアイ・エム・ジェイに転職し事業会社人事としてのキャリアをスタート。   

>7年半の在籍中に採用、育成、制度運用、組織開発、労務などを幅広く担当し、後半はチームマネジメントを経験。   

>11年にIMAGICAグループに移りグループ人事を担当。   

>以降、14年よりライフネット生命にて人事総務部長、17年より電通デジタルにて人事部長を歴任。   

>20年4月よりリクルートワークス研究所に参画し、22年8月まで『Works』編集長を務める。   

>22年10月より現職。   

(略)

>真の「安定」とは何か?   

>──佐藤さんが感じている危機感とは、具体的にはどのようなことでしょうか?   

>佐藤 企業と個人、それぞれのマインドに課題があると感じています。   

>まず企業ですが、過去にとらわれ過ぎるあまり、大きな環境変化に直面しても「いまは我慢だ」というスタンスの会社や組織は、今後の成長が見込めません。   

>かつてのリーマンショックや今回のコロナ禍の状況を見ていても、「いつか収束するから、いまは我慢の時だ」という経営判断をした組織と、これはこういうものだと目の前の課題に対峙し、すごい勢いで変化していった組織を比べると、結果は明らかです。   

>変化への適応力がある組織は実際生き残るし、そこで働く人も楽しくやっている。   

>つまり「過去にとらわれず、いまに対峙し、さらには未来を見据える」ことが重要なわけですが、なかなかマインドの変化は起こりません。

 

そうですね。日本人には世界観がない。日本人の考えには過去・現在・未来の区別がない。   

 

>もうひとつは、より人にフォーカスした視点なのですが、やはり「安定とは何か」という点だと思います。   

>いまだに「安定した会社に就職することが安定だ」と、割と多くの人が考えていますよね。   

>つまり、一度雇用されたら解雇される可能性は極めて低く、企業としても、一生面倒をみる感じがあるわけです。   

 

そうですね。社畜の精神ですね。   

 

>その結果として「いかに安定した企業に所属するか」≒「安定」という認識が浸透していますが、それは明らかにこれからの時代において成長の妨げになると思います。

>真の安定とは「能力と経験をどれくらい保有しているか」にほかならないからです。    

>そうした考えでキャリア形成をしている人は、リーマンショックのときもコロナ禍においても、仕事を失うことなく真の意味での「安定」を手にしています。    

>しかし、この後に及んでまだ「こっちの業界が不安定だから、安定していそうなこっちの業界に移ろう」と考える人たちが大勢います。   

>でも本当に安定するためには、自分の能力を伸ばし、経験を積み上げることが重要で、「それができる環境はどこなのか」という視点で環境を選択することが求められます。

 

そうですね。能力主義ですね。   

 

>こうした考え方が早く浸透してくれたらいいなと思いますが、まだまだ時間がかかる印象です。   

>Thinkingsが挑んでいるのは、まさにその意識を変えていくことにほかなりません。   

>──それは、社会人になってからバブルを経験している世代がまだまだ経営陣には多いという状況も関係しているのでしょうか?   

>佐藤 年齢や世代で語るべきではないと思う反面、60代の人たちが見てきた世界観と、50代、40代、30代の人たちが見てきた/見ている世界観は、実際、大きく異なります。   

>「一生懸命やっていれば結果がついてきた」というビジネス環境で20代30代を過ごした人が、いまは50代60代になって経営をしています。   

>その世代のなかにも当然、アンラーニングできる人や変化適応力が高い人もいますが、割合は決して多くありません。   [unlearning:  (わざと)忘れること ]

>その点いまの40代は、社会に出てからいい思いをしていない世代です。   

>給料が上がらず、全体的に諦めが漂う感じというか。   

>その下の30代になると、与えられた環境でいかに楽しむかを考える「適応する世代」になります。   

>さらにその下になると、もはや不遇とも思わず、逆に恵まれている世代になってきます。   

>実際、物心ついたときからスマホがあるし、モノもサービスも選択肢が多いので、困っているという心象はなく、むしろ最低限の生活は担保されているという世界観をいまの20代はもっています。

>つまり、50〜60代と20〜30代では求めているものがまったく違うわけで、彼等をターゲットにしたモノやサービスを扱う企業の経営を50〜60代が担うのは、かなり無理があると思います。   

>実際、海外では政治家にせよ経営者にせよ、30〜40代が多いですよね。   

 

海外には序列制度がないからでしょうね。   

 

>わたしは、世代を飛び越えないほうがいいと思っています。   

>その点40代は上の世代にも下の世代にも接点をもっているので、彼等が世代のハブとなって社会を動かしていく時代が訪れればいいと思っています。   

>もちろん、年齢や世代だけではないと思いますが、大きなくくりで言うと、非常に重要な観点であることは間違いありません。   

>雇用契約に対する認識の曖昧さ   

>──従来の凝り固まった価値観を壊していかなければ時代の変化に対応できないことをみんな薄々と気づいているなかで、いままでのお話にあった「過去にとらわれず、いまに対峙し、さらには未来を見据える」こと、あるいは「能力と経験をどれくらい保有しているかが本当の安定につながる」という視点は、とても示唆に富んでいると感じました。   

>そうした意識を啓蒙していくべく、Thinkingsは今後、どのような価値を提供していこうとしているのでしょうか?   

>佐藤 現状Thinkingsは、採用管理システムの導入によって人事業務のDX化を推進し、採用の在り方を変えることを目指しています。   

>それによって生み出された時間をクリエイティブな活動にあてることで生産性の向上を指向していますが、中長期的なスコープで見るならば、組織づくりのやり方や考え方を変えていくことを目指していると言えます。   

>もっと言うと、時間をかけてでも、企業と個人の関係性を変えていくための努力をしていきたいと思います。   

>欧米が正解というわけではありませんが、学ばなければならないところがあります。   

>そのひとつが契約です。   

>欧米の場合、個人と企業の関係は契約で成り立っています。   

>契約内容に関してはひとりひとりがその内容を把握しているし、シビアです。   

>例えば契約にあることはしっかりやり切り、逆に契約にないことは一切やらない。   

>雇用期間も、双方合意のもと明確に契約に盛り込みます。   

>それが日本の場合は、すごく曖昧な、あるのかないのかわからない雇用契約になっています。   

 

そうですね。日本人の場合は ’なあなあ主義’ ですね。‘なあなあ主義’ とは、真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませること。   

 

>何となく企業は雇用しなければならない、契約を終了してはいけないという慣習が、いまや経営の足枷になっているわけです。   

 

そうですね。義理人情の世界ですね。    

 

>そこを変えていかないと、経営もよくならないし、先程申し上げた「個の能力や経験の積み重ねが、結局は安定につながる」という考え方に至りません。

>組織づくりの考え方を変えていくというのは、そういう点を指しています。

>──終身雇用のひずみは、例えばどんな状況を巻き起こしているのでしょうか?   

>佐藤 例えば「リソースをどう活用するか」という話になったとき、日本企業の場合、「不活性人材をどう活性化させるか」という話になってしまいます。   

>より具体的に言うと「企業のなかでどのように活性化させるか」という話になるわけですが、それは流動性が低いことが大きな要因です。

 

そうですね。’もったいない’ ということですね。   

 

>「保有資本をどう活性化させるか」という観点も重要であることは間違いなく、やらないよりはいいのですが、そもそも「なぜ不活性化してしまっているのか」を掘り下げてみたとき、ある組織の枠組みで考えるのではなく、世の中全体を見わたし、フィットする場、活躍できる場があるのであればそちらに移って活躍するほうが、世の中全体のレベルアップになるわけです。   

 

そうですね。   

 

>しかし現状では、そのダイナミズムを起こしづらい。   

>一人ひとりの価値観やマインドが変わっていけば、人材の流動性がいい意味で上がっていくし、流動した先でのパフォーマンスアップにつながるはずです。   

>人材流動性を向上させる鍵は「動的データ」にある   

>──人の流動性を上げていくには、その人がもつ経験やスキルと、企業が求めている求人情報を高精度でマッチングさせることも重要だと思いますが、経験やスキルを情報化・DX化していくにあたって、いま、どのようなボトルネックがあるのでしょうか?  [bottleneck: 障害]

>佐藤 一人ひとりの履歴書や職務経歴書は、「静的なデータ」として有効です。   

>そのデータと企業が出す求人情報のマッチングであれば、すでにいろいろなサービスが存在します。   

>しかし、なかなかうまくいっていない印象です。   

>なぜなら、より重要な「動的なデータ」が含まれていないからです。    

>動的なデータというのは、例えばその瞬間のメンタリティやマインドセット、成長角度みたいなものを指します。 [mindset: 考え方]    

>そうした要素は、入社して、上司や同僚とかかわってみることではじめて見えてくるものだったりするわけです。   

>「この人すごくポジティブで、何が起きても前向きだね」とか、「常にネガティブで文句ばっかり言ってるな」とか。   

>そうした部分って静的なデータではわからないんです。   

>しかし現場に入ってうまくいくか否かは、そうした部分こそが重要なんです。   

>──動的なデータを取得していく動きは、企業のなかでどれくらい起きているのでしょうか?   

>佐藤 1on1がはやっているのは、まさに動的なデータを取得するためだと思うのですが、目的が不明のままただ導入している企業も多いという認識です。   

>何となく「最近どう?」みたいな感じの話を週に1回やっているだけだと、正直、動的なデータは全然集まりません。   

>元々システムに入っている静的なデータに加え、動的なデータを取得し、連携させるプロダクトやサービスについては、ニーズを強く感じています。   

>その際にひとつ指針となるのが、「will can must」というフレームです。   

>mustとcanには、静的な情報が含まれています。   

>mustは、「いまの所属組織であなたがやらなければいけないこと」です。   

>それに対してcanは、「これまでの経験をふまえて、あなたができることは何ですか?」を問うているわけです。   

>つまり、mustとcanは重なっているわけです。   

>さらに、mustとcanはあまり動きません。   

>mustは固定されており、canは、本質的にジワジワ拡がっていくものですから。   

>それに対して、willは常に変化します。   

>やりたいことや目指していることと、mustとcanがうまく重なっている状態のときもあれば、「このままでいいのかな?」って揺れることもある。   

>それがまさに動的なデータです。   

>時間軸についてはクオーター単位どころか、1日単位で動くこともあり、上司がそれを何となくでも把握していないと、ビックリ退職みたいなことが起きてしまうわけです。 [quarter: 三か月]  

>多くの組織ではmustとcanによってアサインされ、willは二の次になっている印象です。  [assign: 割当てる]   

>個人と組織の関係性において、組織が優位に立っているからです。   

>「mustをやってください、それに対してcanはどれだけ重なっていますか?」「あなたのwillなんて知りません」という状況でも、辞めない、辞められないという常識やメンタリティ、あるいは曖昧な契約だったので成り立っていましたが、これからはwillがどれだけ業務と重なっているかを把握していないと、どんどん人が辞めていくことになってもおかしくない。   

 

そうですね。Willは大切ですね。  

日本人には意思 (will) がない。つまり、無心である。意思は英語の未来時制の文の内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がないので仕方なく無為無策でいる。それで、おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら 我々は '指示待ち人間' として育成されたようです。このやりかたで成功すると、他人の受け売りと後追いの専門家になりますね。我が道を行く人にはなりませんね。未来を先取りしない人は他人を唱道する人にはなれませんね。    

 

>willに沿って人が働く場所を移っていくことが当たり前になることは、やがて社会のウェルビーイングにもつながっていくと思います。 [wellbeing: 福利]   

 

>終身雇用は残酷な制度だった!?  

>──そういう柔軟で多様な働き方が選べない企業は、働き手からも選ばれないし、社会からの評価も下がっていく、という価値観が醸成されていくのかもしれませんね。   

>佐藤 人材流動性を高めるというと、まだまだネガティブにとらえられがちですし、「解雇規制の話ですか?」といった意見も出てきます。   

>「安定」≒「安定した会社に属する」という価値観からすると、すごく不安に感じるかもしれませんが、人材の流動化がポジティブなものであることを時間をかけて啓蒙していかなければいけません。   

 

そうですね。   

 

>終身雇用や年功序列という日本特有の仕組みが提供してきたある種の「優しさ」は、中長期的に見ると残酷だったのかもしれません。   

 

義理と人情のこの世界ですね。浪花節調ですね。       

 

>本当の意味での厳しさがないなか、飼い殺しのような状況に押し込んだまま20〜30年が経ち、結局、能力や経験があまり積み上がっていない社員を増やしてしまったわけですから。

 

そうですね。やくざの世界に似ていますね。    

 

>優しさだと思って雇用を維持してきたけれど、結果として、マーケットに放り出されたときには評価されない人材が大量に生み出されてしまったという状態は、非常に残酷だと思います。   

 

そうですね。’可愛い子には旅をさせよ’ ですね。   

 

>ちょうどバブルを経験した世代、つまり、いまの50代半ば〜後半の世代は逃げ切りのメンタリティになっているので、「あと5年、辛くても我慢してしがみつく」マインドをもっているかもしれませんが、それより下の世代は逃げ切ることができません。   

>実際に危機感を感じて出ていこうとするけれど、「何ができるんですか?」ということになってしまう。   

>「部長ができます」と言われても、組織の外に出れば「何ですかそれ?」という評価なわけですから。   

>そうした状況をつくり出したのは企業であり社会なので、その責任を個の問題にするのはとても残酷だと思います。   

 

そうですね。文化人類学の問題ですね。    

 

>それくらい、仕組みの問題が日本にあるわけです。   

>われわれはそこを、時間をかけてでも変えていきたいと思っています。   

 

そうですね。政治家がしっかりしないとだめでしょうね。   

 

>──人材の流動性が上がっていくと、「終身雇用でミュージシャンは雇えないけど、期間限定でプロジェクトチームに入ってもらったら面白いことが起きそう」とか、「行政にクリエイティブな人材が入ることで、地域が活性化するサービスがどんどん生まれてくる」とか、柔軟な組織づくりができるようになり、マンネリ化からの脱却や、思いも寄らないイノベーションが起きたりする可能性が高まっていくかもしれませんね。   

>佐藤 本当にそう思います。   

>終身雇用や年功序列ではなく、業務委託のような有期かつ具体的な契約がもっと一般的に選択できるようになっていけば、個人も企業も「お試し」ができると思うんです。   

>完全移籍でフルコミットだとお互いリスクがあり、とりわけ転職経験の少ない人にはハードルが高く感じられるかもしれませんが、副業や業務委託のような形式をうまく活用して実験していくことで、「自分の居場所ってほかにもあるんだな」という体験がどんどん拡がっていけばいいと思います。   

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

 我が国の ‘漢字かな’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

 

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語の仮名漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。音読が言語の習得には欠かせない。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。ローマ字表記を仮名漢字表記と対等な地位にしてもらいたい。日本語をローマ字表記と仮名漢字表記の二刀流表記の国にすると良い。         

 '為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり'  上杉鷹山 (うえすぎ ようざん)          

 

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閲覧数25 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2023/01/18 02:24
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