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2021年07月16日(金) 

 

 

>記事 >田嶋要2021年07月15日 11:57幻想から目を覚まそう

 

日本語には非現実の内容を搭載する構文がない。だから、非現実 (考え) の内容は哲学にならずして空想・妄想になる。つまり、辻褄の合うまともな考えにはならない。お陰様でわが国は漫画・アニメの大国になっている。   

まず日本人の日本語知らずを直さなくてはならない。   

 

> 過去30年間だけを見ても、その8割以上の期間、行政府を掌握してきた自民党政権ですから、どんなに恥ずかしい「政治とカネ」や隠蔽改ざん政治や世襲政治が果てしなく続こうとも、さすがに国民の命に関わる危機管理だけは上手にやってくれるだろうと信じていた国民も多かったと思います。 

 

そうですね。だが過大な期待は禁物ですね。

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' 対 '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。

非現実の内容は人様々である。非現実の内容がなければあるのは現実だけで、その正解は一つである。日本人がともすれば異口同音の内容を語るのはこのためである。      

わが国のマスコミも現実の内容をただ垂れ流す。個人の価値判断が抜け落ちている。現実の正解はただ一つであるから、どんぐりの背比べで個性がない。それで、日本人は個人主義が何であるかを理解することが難しい。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、誰からも信頼されない。世界観に基づく協力者が得られないので社会に貢献する度合いが限られる。      

 

>しかし、コロナとの1年半の戦いは、その期待がまさに幻想であったことを明らかにしてくれました。    

 

ぬか喜びでしたね。賢い人は「純粋によく観察する」が、凡人は「自分の期待したもの」しか見ようとしない。

よく観察するとは現実のただ一つの内容 (事実) と非現実の多数の内容 (考え) を勘案して判断することですね。七ひきの子ヤギたちには後者がなかった。    

 

>政権与党としての長さと危機管理能力とは別物だったのです。  

 

マンネリは能力の指標にはなりませんね。   

 

> 海外では地域によってはマスク無しの日常が戻り始めています。>それなのに、肝心のオリンピックホスト国の日本がなぜそうならないのか? >その理由はワクチン接種の遅れであります。   

 

そうですね。   

 

>そして遅れの大きな理由の一つは、国産ワクチンをつくれなかったことであります。  

 

国民の命を守る為にもABC兵器の研究は必要ですね。    

ABC兵器 (atonic, biological and chemical weapons) とはA (atomic) は原子爆弾・水素爆弾などの原子兵器、B (biological) は細菌・ウイルスなどの生物兵器、C  (chemical) は毒ガス・焼夷弾などの化学兵器のことである。第一次世界大戦はC兵器の戦争、第二次世界大戦はA兵器の戦争であった。第三次世界大戦はB兵器の戦争になるのであろうか。

治に居て乱を忘れず。これらの兵器に関する研究を他国に丸投げしていては国の安全は守れませんね。ワクチンの開発はアングロ・サクソン (英米) が優れている。   

 

>10年前の新型インフルエンザの時の教訓を当時の民主党政権が報告書として取りまとめ、迅速な国産ワクチン開発体制の強化を提言していたにもかかわらず、その直後の政権交代以来、民主党政権の成果の多くを否定した安倍内閣のもとで、その提言も事実上の棚上げにされてしまいました。  

 

過ちては改むるに憚ること勿れ。  

 

> 実はコロナで露呈した日本の弱点は、あくまで氷山の一角です。  

 

そうですね。政治には時代の先取り感覚が必要ですね。そうでなければ政治音痴となります。既成事実の追認と後追いだけでは政治力は発揮できませんね。      

 

>真面目で従順な日本の国民には不釣り合いの国政権力の下で、この30年余りの間に日本は国力をじわじわと落とし、特に第二次安倍政権からのこの8年半余りでは、それが加速をしています。 

 

日本人は思考停止で意思がない。だから、真面目で従順である。家畜のようなものか。世界観がないので批判精神も無く政治音痴である。国難に対しては座して死を待つ態度でいる。お変わりのないことが何よりなことである。   

日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っている。 (ウスビ・サコ)  

カレル・ヴァン・ウォルフレン氏 (Karel van Wolferen) は、<日本/権力構造の謎> (The Enigma of Japanese Power) の<日本語文庫新版への序文>の中で下記の段落のように述べています。

、、、、、日本の政治を語るうえで欠かせない表現の一つである「仕方がない」という言葉を放逐することに、本書がいささかなりとも役立てばと願っている。本書は、本当の意味での政治参加をさせまいとして日本に広く作用する力について詳述している。この力こそは、個々人の、市民になろうとする決意と、有効に機能する民主主義を守ろうという意志を弱めるものである。日本に作用するこの力は、独裁政権があってそこからくり出されてくるのではない。それは日本の社会環境のあらゆる場所から発現する。、、、、、この力こそが、多くの日本人が身をおく境遇に対して唯一、適当な対応は「仕方がない」とうけいれることだと思わせるのである。(引用終わり)    

 

>これから2050年に向かって日本が衰退途上国の道を転がり落ちるのか、それとも幻想から目を覚まして、流れを大きく変えていけるのか、すべては有権者一人ひとりの覚悟次第なのです。

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。  

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

 

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閲覧数17 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/07/16 02:40
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