共同体もしくはそのメンバーとの関係について、もう少し例を引用したい。 ①第二次世界大戦中、フランスレジスタンス運動の爆撃機パイロットが受けた指令はナチスに占領された自分の故郷の爆撃だった。爆撃は一般市民の犠牲者を伴う。そのパイロットが爆撃を拒絶すれば、代わりのパイロットが爆撃することは明白だが、彼は拒否した。 彼にはその村の人々の命を奪う人間になれなかった。それは彼が彼の村の一員としてのアイデンティティを貫いた、賞賛に値するものではないか。 ②1980年代、エチオピアで飢饉が起こり、約40万人が隣国スーダンに避難し、難民キャンプで不自由な生活を送っていた。1984年、イスラエルは秘密裏に空輸作戦を実行し、エチオピアのユダヤ人約7000人のイスラエルに搬送した。アラブ諸国の反対によってにその後中断したが、1991年に再開し14,000人のユダヤ人をイスラエルに搬送した。 イスラエルはユダヤ人以外を含む40万人から抽選で救出対象を決めるべきであったか。ユダヤ人のみを救出したことは問題か。イスラエルは同胞を助ける義務があると云えるのではないか。 ③2009年、米国において、国が出資する公共事業において米国製の鉄鋼と鉄を義務づける景気対策法案が可決され、オバマ大統領が署名した。 アメリカ人には他国の失職者よりも失職した自国の同胞を助ける義務がアメリカ政府にあることを疑う人はいない。 ④南北戦争において南軍の司令官だったロバート・リーは初めは北軍の士官であり、反奴隷制の信念を持ち、南部の脱退には反対でそれは国家への反逆行為と考えていた。しかし、南北戦争を前にしてリンカーン大統領から北軍の司令官になるように要請され、彼の出身地であるヴァージニア州への義務感(親族・家族・故郷を守る)から拒否し、南に移った。 ⑤ウイリアム・バルジャーはマサーチュセッツ州上院議員とその後にマサーチュセッツ大学の学長を務めた。彼の兄のジェイムス・パルジャーはある暴力団の首領だった。兄は19件の殺人容疑で指名手配されていて逃亡中で捕まらなかった。 ウィリアムはジェイムスと電話で話をしたが、その所在は知らない…と言い張った。彼は兄を大切に思っており、兄に敵対する人、捕まえようとする人の全てに協力する義務はない…と主張して世間にからは讃辞と非難の両方を受けたが、非難によって学長職を辞した。捜査妨害で告訴されることはなかった。 ⑥米国では一連の小包爆弾テロに悩まされていた。被害者は科学技術者が多かった。犯人は35,000語の反テクノロジー声明をインターネット流し、大新聞が声明文を掲載したら犯行を止める…と約束した。 NY州スケネクタディのソーシャルワーカーのデイヴィット・カジンスキーはこの声明を読み、ハーバード大学を卒業して数学者となったが、近代産業社会を嫌悪して、山小屋で隠遁生活に入っていて、もう10年以上合っていない兄のテッド・カジンスキーの文体に似ていることから、その可能性をFBIに通報した。兄は逮捕された。FBIとは死刑の求刑はしない…との約束だったが、死刑が求刑された。 デイヴィット・カジンスキーは兄を死刑から救うために尽力した後、死刑反対運動のスポークスマンなった。彼は「兄弟は互いに助け合うべきなのに、私は兄を死に追いやろうとした」と語った。彼は司法官から協力の報酬として受けとった100万ドルのほとんどを兄のために死んだり負傷したりした被害家族に配って兄の罪を謝罪した。 我々は上記の各例において、主人公のジレンマに共感を覚え、彼らの決断に敬意を感じる。人は国家・民族・家族などのそれぞれコミニュティのアイデンティティを人格として持っており、仲間との連帯感に道徳的な価値を見出し、人類共通の善との間の矛盾に悩む訳だ。 米国においてヴェトナム戦争に反対した人たちには2種類の主張がある。1つはこの戦争は不正である…というもの、もう一つは自分たちが戦うに値せず、アメリカ国民に相応しくない…というものである。前者はどこ国の人でも持ちうるが、後者は戦争をやっていることが恥ずかしい…という米国に対する連帯感・愛国心から出るものであり、アメリカ人のみが感じるものだ。 このように、合意を必要としない普遍的な自然的義務(他人の権利を守る)、個別的である自発的責務(契約)以外に、合意を必要としない個別的な連帯の責務を道徳的な重みとして人は認識しており、その意識なしには人生への種々な局面への悩みや喜びを理解できなくなる。 …………………………… Justice @Michael J Sandel ①http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 4人の遭難漂流者 Justice @Michael J Sandel ②http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 肺ガンで儲ける Justice @Michael J Sandel ③http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() ミミズ食べ賃Justice @Michael J Sandel ④http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() ビル・ゲイツのお金を分ける Justice @Michael J Sandel ⑤ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 自殺幇助 Justice @Michael J Sandel ⑥ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 徴兵と代理出産Justice @Michael J Sandel ⑦ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() イマニエル・カントの思想 Justice @Michael J Sandel ⑧ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() カントの思想(続) Justice @Michael J Sandel ⑨ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 公平な社会 Justice @Michael J Sandel ⑩ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 格差の是正 Justice @Michael J Sandel ⑪ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() ゴルフの本質 Justice @Michael J Sandel ⑫ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 目的・美徳・名誉による正義の評価 Justice @Michael J Sandel ⑬ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 先祖の罪を贖うJustice @Michael J Sandel ⑭ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() 同意しなくても課せられる責任 Justice @Michael J Sandel⑮ http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30 ![]() |