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2011年05月30日(月) 
   先週の26日朝のクラシック倶楽部でやっていたので、録画しました。プーランク作曲。

   聞いてみれば、高1と小6の孫はもう関心を示さないだろうと思われる内容で、2~4才の4人の孫には早過ぎろような印象。ジャン・ド・ブリュノフの絵本とかで馴染んでいればいいのかもしれないが。

   

   昔、子供達用に持っていた何枚かのLPを思い出しました。

   一つは「ぞうのはな子」。旭山動物園でくる病にかかった花子を標本製造業の信田修治郎が標本にするために買い取ったが、はな子は北海道ののっぱらで遊んで元気になった…というお話。これは小さい方の孫達でも関心を持ちそう。

   プロコフィエフのピーターと狼も持っていたが、これは子供達もさほど関心は持たなかった。

   「ぞうのはな子」はネットで探したけれど、はな子の話し自体は出てくるが音楽の方は気配だになし。

   30年近く前に、三人の部下におめでたがあり、持っていた「ぞうのはな子」を含む数枚の子供用LPをお祝いに分けることにして家に呼びました。LPプレヤーを持っていないのがおり(文化的な素養のない彼は今は取締役をしている)、中のNK氏がLPプレヤーとレコーダーを持っていたので、彼が録音してテープ皆に配ることに相談が決まりました。

   ND氏はもう60才を越えているがシニア社員として勤務継続中。彼にメールして、作曲者やLP販売会社が判らないかしら…と云ったら、テープを子供達が車の中でしょっちゅう聞いていたから覚えていますよ、LPもある筈だから探してみます…とのこと。彼は単身赴任だから土日に帰って見てくれるかなあ…と思っていましたが、月曜の今日になっても連絡は来ない。忘れたかなあ…、督促もしくいですね。

  小さい孫達「ぞうのババール」が聞けるようになるまで待ちましょう。

   しかし、母親を狩人に殺されて町に逃げたババールがお金持ちのお婆さんと仲良くなって贅沢三昧の生活。やがて森に帰って森の王様になる…なんて、感じの良い話しではないですね。子供は気にもしないでしょうが。
…………

http://users.ejnet.ne.jp/~manuke/zatsu/sekai/babar.html によればおそしい話しのようです。


   これは、露骨な植民地主義に貫かれた童話だったのである。Babarという名前も、子供が発音しやすいというだけではなく、barbare(野蛮)、つまり彼の生まれた森を指し示しているのではないか。ここで注意すべきは、「ぞうのババール」で描かれる世界が、旧来のヨーロッパ直接支配をとりあえず脱して、形式上は彼ら自身に統治されていることだろう。大きな森に、「素晴らしいヨーロッパ文明」を学んだ指導者が帰ってきて、親仏政権を樹立し、素朴な民衆に「豊かさ」と「幸せ」をもたらす。しかも、森と街は結構近い距離にあるように表現され、根拠のない一体感が演出される。それをジャン・ド・ブリュノフは1931年に書いた。だからより正確に言えば、これは植民地主義というより、やがて来る新植民地主義を予言した童話なのである。それは、1931年のフランスで一般市民が想像し得る、それなりに良心的な植民地解放の姿だったのだろうか。

   もちろん実際の歴史と異なり、この物語の上ではあらゆる搾取は存在しない。やがて象たちはみんな服を着るようになり、ババール王家の住む街は、妃の名を取って「セレストヴィル」と呼ばれるようになる。そして権力が確立された後は、心優しい王様として数々の難問を解決し、ますますセレストヴィル市民の信頼を集めるのである。息子にバトンタッチしてからは露骨な表現こそ薄れたものの、「ぞうのババール」には一貫した政治姿勢が流れている。

閲覧数800 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2011/05/30 22:59
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