エゴコロさん
こんばんは
私は法事用にある宗教を持っていますが、人生訓としては無宗教ですので、戒律の意義が判りません。
ブルカ着用は強制されたものかどうかについても、考え方が別れるようです。
①「ムスリムの女性は自らの意思でスカーフを被っているわけではなく、女性は貞操を堅く守って目立ってはならず、善き妻、善き母として家庭に閉じ込めておこうとする男性たちによってスカーフを被らされている。イスラーム社会は女性の婚姻相手が家長である男性によって決定されるような家父長社会である。スカーフは、女性を独り占めし縛りつけておきたいと考える家父長制に基づくイスラーム社会の女性抑圧のシンボルである。男女平等というリベラル・デモクラシーの価値にコミットした西欧社会において、そうした意味を有するスカーフは寛容の対象とされるべきではない」
②「スカーフをもっぱら女性抑圧のシンボルと理解することは妥当だろうか。実は、ムスリムの女性の中でもスカーフに対する意見は分かれている。ムスリムの女性の中で、スカーフを女性抑圧のシンボルと考え、スカーフを脱ぎ捨てる女性がいることも事実である。しかし同時に、自らの意思でスカーフを被るムスリムの女性も多い。こうした女性からすればスカーフは抑圧のシンボルではない。それどころか、スカーフの着用は、ムスリムとしての自らの宗教的アイデンティティを表明したり、男性からの性的な視線を逃れるための行為である。ムスリムの女性によるスカーフの着用は、抑圧の産物ではなく、逆に、積極的で自律的な立場表明であり、自らを解放しようとする行為ですらありうる。スカーフを被ることの意味は自明ではない。スカーフは、一方から見れば、差別、抑圧のシンボルであるが、他方から見れば、自立性、解放のシンボルでもある。こうした中で、スカーフを一律に禁止して、自発的にスカーフを被るムスリムの女性を無視することは、あたかも彼女たちは「虚偽意識」を有しているのだというに等しく、あまりにも偏見に満ちたパターナリスティックな見方である。」
臍だしルックねえ。
リオのカーニバルの踊り子の衣装などを見ていると、ファッションモデルなどが着れば目も当てられないように思います。
ふくよかな、張り切ったお腹や胸、太腿を露出してこそ、あの元気と熱気が出てくるのだろうと思います。
ほっそりしたモデルなんて、病人のように見えます。やはり生命力を謳歌している方が見ていて気持ちがいいですね。