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2015年03月29日(日) 
   昨年4月に伊那を旅しました。その直前に加島祥造の「ひとり」を読み、また彼のいくつかの著作を読みました。

http://www.sns.ochatt.jp/modules/d/diary_view.phtml…=&l=30

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   伊那に於ける風景の記載、彼の生活と風景との掛かり合いに魅力を感じ、もう一度伊那谷に行って見よう…という気になりました。

   彼は初めは大徳原に家を借り、時々やってきて住んでいましたが開発され、養命酒の工場も建設されて賑やかになったので、駒ヶ根市中沢部落に移りました。

   私はそれと知らずに昨年大徳原のあたりをウロウロし、養命酒工場の存在も見ていましたが、中沢は存在すら知らない。

   Google のStreet Viewで中沢をウロウロしましたが、開けた場所に来ると中央アルプスが見えるし、そうでなくても気持ちのいい田園風景が見られました。

   さて、季節感に満ちた、自然と関わり合った加島祥造のひとり生活は中沢のどの辺で行われていた(現在も?)のだろう。素敵な所に違いない。

   彼は「天竜川を東に渡ってさらに小さな谷を上がって行ったところに中沢部落があります。その細長い町並みを半ばまであがってから右に折れた田圃の中にその家がありました。私はあたりの静かさと、その一軒家のあり方に心を惹かれて、大徳原の暮らしに別れを告げました。」と書いています。

   長い中沢の部落には主道路から右折する道は沢山あり、上記の記載だけでは見当も付きません。結局、主道路から一つ南の谷をあがってふと車を止めたところに「晩晴館 加島」と書かれた看板(表札?)を偶然に見つけました。

  

   帰ってからStreet Viewを見直したら、拡大して看板を見ることが出きました。

   家は緩い斜面に突き出た丘にあります。林の中にある…と思っていましたが、周辺に木は沢山植えてあるものの、林とは言い難い。思っていたよりも大きな、二棟ある家でした。中央アルプスの見晴らしはいい。

   1923年生まれの彼がまだ一人で暮らしている…とは思っていませんでしたが、
車が2台駐まっていました。子供の遊具も置いてありました。

   やや幻滅したところも少しありましたが、来た目的の一つは期待していた以上に果たせました。

   中沢は農業に人たちが住んでいるのでしょうが裕福な家が多いようで、なまこ壁の倉を持つ大きな屋敷の家もよく見かけました。

看板      http://yahoo.jp/box/8K7GJz

傍らの道からの眺め。 http://yahoo.jp/box/l6Qt2s

家の全貌    http://yahoo.jp/box/UJ9Kcm


中沢のホームページ http://www.nakapo.jp/

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閲覧数3,484 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2015/03/29 16:36
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