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2007年12月08日(土) 
今日は日本がアメリカへ攻撃をかけた日から66周年目。

現在のアメリカのポチ状態の日本からは想像できない事です。
ハワイ島のパールハーバーへ飛行機隊が突入。

不意を打たれた側は多くの犠牲が出た。
アメリカではその記念碑(戦艦アリゾナなど)を現在も展示
して忘れないように努めているが、日本では知らん振り?

戦争はどんなに理屈をつけても国民への利はない。
政府(政治家)が国民を煽り(あおり)国民もすっかり乗せ
られて戦争が始める。

国民としてすることは「戦争はいらないと否定すること」
です。
乗せられて後で後悔しても犠牲は確実に国民に来るのです。

日本と開戦する時にアメリカの上院議員の1名のみが反対。
それは初の女性で上院議員になつた方。
国民の犠牲は避ける・・・という信念でした。
彼女はこの反対で政治活動は絶たれるが。

戦争は女性が反対すれば現在は実施出来ない。
女の皆さん 戦争で夫や恋人や我が子を失わないように
戦争にはNoを常に表明して下さい。

男なんて当てに出来ない。
世の中のシガラミでしか生きれない判断出来ないところが
男にはある。

今の平和ボケでは、政治家共の戦争が出来る日本への回帰
を停めるのは難しいかも。
今のうちに「戦争は嫌だ!戦争はしない」をハッキリ表明
し続けて、この流れを止めましょう。

山本五十六さんはアメリカ通で1年経過すると日本は敗北
へと流れは知っていても、軍人でしたので今日の攻撃の
指導者となってしまった。

彼が戦死した日の同じ時間に生まれた私。
彼の家の近所にその後住まい、息子さん達の小学校の後輩
になるという不思議な繋がりが後にある。

さて今日は薄い白雲は多いが晴れ。
寒くはない。8時ころまで富士山見える。
私の風邪はセキが停まり昨日は薬なしで過ごす。
カミサンが絵画教室後、忘年会の予定で久しぶりに
皮からつくる水餃子100個の製造?に勤しむ私。

画像:湘南の様子 輝くえぼし岩


閲覧数956 カテゴリ日記 コメント3 投稿日時2007/12/08 12:07
公開範囲外部公開
コメント(3)
時系列表示返信表示日付順
  • 2007/12/09 10:44
    よっちゃんさん
    お父上が元気に戻られたのは何よりです。
    戦死した父を持つ友人は多いのですが就職では
    皆さん片親で冷遇されていた。

    この日本と言う国と国民(企業家も国民だ)は
    何なのだ!
    というのが原点で小田実さんに上手に?使われて
    しまったりした。

    徒党は直ぐにバラ蹴るので、個人が一人一人強く
    「戦争は反対だ!」と想うのが大切だと想います。

    水餃子のレポートは明日にでもします。
    全作業を一人でするのは淋しい?何人かで話をし
    ながら手作業を進めるのが楽しいことと新発見。

    宇治キリさん(凄い省略でゴメン:私は池晴さん
    で可です)

    辛くても楽しくても青春は青春。
    青春は苦いけど思い出すと笑うようなことが多い
    のが不思議です。
    還暦で今一度人生やり直しと4才を再体験中。
    周りの4才を見ると案外賢い。
    一番可愛い時期でもあったわが子の4才。

    20歳の再見は80歳
    どんな再青春があるのかな!

    戦前の日本なんか少しも良いところは無い。
    それを目標なんて政治家共はバカだ!
    バカに権力を与えると何でもやる。
    バカは落選させないといけないのです。

    諦めないこと。選挙には必ず行くこと。
    権力には尻尾を振らないこと(仕事するとこれが
    一番難しい。私なんかシッペ返しだらけです)

    社交ダンスで体を鍛えて、いざという時に底力を
    出せるようにしましょう。

    高校生時代はワルツをYMCAで大人に教えるも
    今はキャバレーダンス(懐かしい!)しか出来ない
    私。悪貨は良貨を凌ぐ!
    次項有
  • 2007/12/08 23:19
     私も周辺を見渡すと年長組。そんな私でもそのころの記憶は父からの又聞きです。いま高らかに復古思潮を謳う政治家の人たち、どんな原体験に基づいて話しておられるのかと考えると暗い気持ちになります。
     父は一兵卒として中国に行ってた訳ですが話してくれた内容は不思議に明るいイメージのものでした。不思議に思っていたのですが、中公新書の「上海時代」という本(ほぼ同時代を語る本なんですが)を読んだとき、同じように明るかったんです。どんな暗い時代でも、当時を生きてる人たちにとっては青春であり、気持ちの張る時代だったんだと納得できました。
     だから今も明るい気持ちで生きるのが自然だし親への供養だとも思うんですが、世相、政界の論議を聞いてると暗澹というか不安な気持ちになったりします。
     そういいながら個人的には社交ダンスにホットになっている今日この頃です。
    次項有
  • 2007/12/08 20:34
    ニュースでの取り上げ方が、年々少なくなってきます。
    開戦の日から一週間もたたない日に結婚した両親。
    どんな思いで過ごしたでしょうか。まもなく赤紙がきて戦争に行ってしまいました。幸い今も元気で66回目の結婚記念日を迎えます。
    「戦争はあかん」とよく言っていました。
    その思いをしっかり持ち続けなければ・・・・。

    水餃子はおいしく召し上がれましたか?
    次項有
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