1,454万kW/2,039万kW (03/29 20:30)
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2016年11月08日(火) 

 

 

>ご存じのように黒澤明の映画ではそれぞれ個性豊かな7人の侍が見事な連係プレーで野武士を撃退するが、これこそシステムの原型ではないか、と思ったのである。まず野武士の襲撃から村を守る、という目的が設定される。仕事を請け負ったリーダ格の勘兵衛は、目的を達成するには最低限7人の侍と農民の武装が必要であると考える。これは一種の設計である。7人の侍をリクルートするプロセスも実に興味深いが、目的達成に必要な要素技術を取り揃えるシステム構築の考え方と似通っている。

 

同感です。目的達成のためには適材適所の配置が必要ですね。

>7人の侍はつながることによって、一見不可能と思われる目的を達成した。今は時間や空間を超えて「人と人」だけでなく、「ものともの」、「人ともの」の間をつなげることが容易かつ安価になった。つながることによって初めて生み出される新しい価値がどんどん増えてきた。「システム化」はそのような状況を象徴する現代科学技術のキーワードである。私たちの周りにはシステムが無数にあり、私たちはそれらを無意識に使い、またそれらに使われて生活している。

 

同感です。世の中は過不足なく成り立っている。システム化できれば、能率が良くなる。

>しかしシステムにもいろいろある。うまく作られたシステムは豊富な機能を備えて多くの人々に恩恵を与え、取り扱いや管理も容易で、しかも丈夫で長持ちする。粗雑に作られたシステムは貧弱な機能しかなく使い勝手が悪い。管理にも手がかかり故障が頻発する。システムが複雑になればなるほど、よいシステムと悪いシステムの差がますます顕著になってきている。

 

同感です。例えば、静岡空港は東京と大阪のほぼ中間点にあり、東海道新幹線の真上にある。しかし、新幹線と空港を結ぶ連絡口が無いので。東京と大阪の乗客は、東海道新幹線を利用して直接空港に到着することはできない。

>いくらよい部品を使っていても、それらをうまくつなげることが出来なければよいシステムにはならない。日本はよい部品を作る技術では追随を許さないが、よいシステムを作る技術は貧弱である。

 

日本人には世界観がない。だから、グローバルな・ユニバーサルな視点に欠けている。新しい世界を作るための適切な部品調達ができない。部品は依然バラバラなままである。

 

>携帯電話、手術ロボット、半導体製造装置、医療機器、モーションキャプチュアなど日本が海外のシェアを失ってしまった製品群も、部品だけは日本製が多い。しかし部品の価値が全体の価格に占める割合は急速に減ってきているから、日本の企業の利益は薄くなる一方である。

 

同感です。これを器用貧乏というのですかな。必要な伝達ができない。だから、’自分さえ良ければ’ となる。

>世の中に悪いシステムが多いのはつなぐことが難しいからである。「七人の侍」ではリーダの勘兵衛には大将の器量があったから個性的な人間同士をつなぐことが出来た。しかしどうやら現実の日本人は昔から、つなぐことが得意でないらしい。そう思う理由をいくつか挙げよう。

 

大同 (非現実) があれば、小異 (現実) を捨てることも可能である。しかしながら、日本人には大同がない。非現実の内容は、嘘と考えられている。だから、個性的な人間同士をつなぐことができない。

>日本人は職人が好きである。「匠の技」に日本人は弱い。かつて農民は「水呑み百姓」と蔑まれたが、職人にはそのような蔑称はない。つながることには目もくれず自分の技だけで生きる一本気の職人(例えば幸田露伴の「五重塔」の主人公)は日本人のロールモデルであった。日本人の好きな「ものづくり」という言葉にはそのような職人の体臭が付きまとう。

 

目先・手先の事柄に精神を打ち込むのですね。

日本語は、実況放送・現状報告の内容を語るための言葉です。だから、非現実の内容である構想は語れない。

 

 

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閲覧数503 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2016/11/08 13:23
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