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2018年06月11日(月) 

 

 

 

 

>哲学を学ばずに社会的な立場だけを得た人、そのような人は「文明にとっての脅威」、つまり「危険な存在」になってしまうと。

 

暴君が上に立つのは良くないですね。

 

>・無教養な専門家こそ、われわれの文明にとっての最大の脅威

 

我々に教養 (哲学) は、必要ですね。高等教育は無償化すべきですね。

 

>・専門家というものは、専門的能力があるからといって無教養であったり、諸々の事柄に無知であったりしていいものだろうか

 

無知は困りますね。大学で教養を着けてから大学院で専門教育を受けと、医者や弁護士など高度な職業人になれるでしょうね。日本では、これは無理かな。

 

>■私たちが慣れ親しんでいる教育システム

>ある一定の年齢になった子どもを同じ場所に集めて、単位時間を区切って同じ教科を学ばせるという、私たちが慣れ親しんでいる教育システムは、明治時代の富国強兵政策のもとに、大量の子どもに工場のように教育を施すために編み出されたシステムです。

 

よく考えてみると、そういうことになりますね。

 

>人類は誕生以来、ずっと子どもの教育をやってきたわけですから、その歴史は数万年の長さにわたります。>現在の教育システムというのは、この長い歴史の中における極めて短い期間に採用されているだけの、言ってみれば例外的なシステムなんですね。

 

そういうことになりますね。

 

>では明治維新以前はどういう教育システムだったかというと、これはいわゆる寺子屋ということになります。>この寺子屋のシステムを振り返ってみると、年齢もバラバラ、学ぶ教科もバラバラということで、現在、世界で進めようとしている教育システムの方向性に近い。

 

そうですね。わたくしが個人的に通っていた書道教室のようなものですね。 

 

>つまり、近代の教育システムに慣れ親しんでいる私たちから見ると、大変「新しい」ように見えるものが、実は長い時間軸で考えてみると、「古い」ものだということです。

 

長い目で見ると、そういうことになりますね。

 

>ただし「古いもの」が「古い」まま復活したのでは、単なる後退ということになってしまいます。>この時、古いシステムは、なんらかの発展的要素を含んで回帰してくる。>教育システムの場合、この「発展的要素」はICTということになるわけですが、ここでは教育システムの発展についての解説にこれ以上の紙幅を割くことは止めたいと思います。

 

ICTとは、’Information and Communication Technology’ (情報技術) のことですね。

 

>この教育システムの話は一例ですが、この動きを「過去のシステムの発展的な回帰だ」として洞察できるかどうかは、弁証法というコンセプトを知っているかどうかによって大きく変わってきます。

 

そうですか。弁証法とは、対話術のことですね。

 

>哲学は「クリティカルシンキング」の教科書 >ビジネスパーソンが哲学を学ぶもう1つのメリットが、「批判的思考のツボを学ぶ」という点です。

 

自分自身に世界観 (world view) があれば、おのずと批判的に考えることができると思いますがね。

 

>哲学の歴史というのは、そのまま、それまでに世の中で言われてきたことに対する批判的考察の歴史だと言うことができます。

 

批判の余地があれば、改善の余地も見いだされますね。

 

>過去の哲学者が向き合ってきた問いは、「世界はどのように成り立っているのか」という「Whatの問い」と、「その中で私たちはどのように生きるべきなのか」という「Howの問い」の2つに整理することができます。

 

そういうことですかね。

 

>古代ギリシア以来、ほとんどの哲学者が向き合った「問い」がすべてこの2つに収れんするにもかかわらず、これほどまでに多くの哲学者の論考が存在するということは、つまりこれらの問いに対する「決定打」と言える回答が、未だに示されていない、ということの証左でもあります。

 

考えは、人それぞれですからね。矛盾を含まない考えは、すべて正しい。

 

>哲学者が問いに向き合う。>そして彼なりの「こうじゃないかな」という答えを打ち出す。

 

各人に哲学は必要です。Everyone needs a philosophy. 我々は、自分なりに「こうじゃないかな」という答えを打ち出す必要があります。これは、我々の教養です。

 

>その答えが、説得力を持つと思われれば、しばらくのあいだはその答えが世の中の「定番」として普及します。>しかしそのうち、現実が変化し、定番となった回答にも粗(あら)が見えてくる……つまり、その回答では現実をうまく説明できていなかったり、現実にうまく対処できなかったりするようになるわけです。

 

そうですね。

 

>すると新しい哲学者が、「その答えって、もしかしたらダメなんじゃないの?」と批判し、別の回答を提案する。

 

日の下に新しきものなし、されど、学問は限りなく進歩する。人間は、考えを改めるからである。

 

>哲学の歴史はそのような「提案→批判→再提案」という流れの連続で出来上がっているわけです。(抜粋)

 

そうですね。人はだんだんと賢くなるかな。

 

 

 

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閲覧数88 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2018/06/11 12:08
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