2,194万kW/2,652万kW (01/18 18:05)
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2018年12月26日(水) 

 

 

>[“自分ではない誰か”のために働く人々]

>ハッキリ言うが、この国で自分のために働けている人なんてほとんどいない。

 

日本人には個人主義がない。自己がない。現実があって、非現実 (考え) がない。自分は、他人 (お上) の言うがままに働かなくてはならない。これが、現実となっている。

 

>では、誰のために働いているか。>妻や子供、家族のため?いや違う。>あなたが務める会社の経営者や、その先にいる株主のためだ。

 

そうですね。

 

>この日本は、「資本主義」で成り立っている国だ。>その定義によれば、誰もが金銭などの利益を追求していいし、そのための生産手段を個人保有していい、ということになる。>要は、(法に触れない限り)あらゆる手段を使って金儲けをしていいよ、ということだ。

 

そうですね。国営企業は、批判の対象になりますね。共産国家は崩壊しますね。

 

>しかし、実際にそれを実行できるのは、大抵がリスクをとれる、金銭に余裕のある一部の富裕層だけだ。

 

グローバリズムの浸透により富裕層は有利になります。

 

>それ以外は、日々を生きる糧を手にするため、彼らの下で働いてお給料をもらわなければならない。>それは実質的には、稼ぎを生み出すための「生産手段」として社長や株主たちに(一定の契約に基づいて)「所有される」ということである。

 

社畜ですね。

 

>そのような、「所有と労働」の関係において私たちが求められるのは、ただただ雇用者のために懸命に働くことだけだ。

 

そうですね。懸命に働くのみですね。

 

>そこでは、「Yes!」とだけ答え、低賃金で、自分の生活さえも犠牲にして仕事だけに取り組む、そういう人間が雇用者にとっては一番都合がよく、実際に評価される。

 

序列社会は、順位争いの世界ですからね。雇用者の評価が出世に大切ですね。

 

>しかも、契約や法律で守られるはずの個人の権利や尊厳といったものは、建前上は保たれつつも、本音の部分ではあらゆる企業がそれを守りたくないと思っている。>というか、実際には守られていないし、現状それがまかり通っている。

 

個人の権利や尊厳は、日本人にとっては綺麗ごとですね。建前 (言い訳・口実) 上は保たれつつも、本音 (私意・我儘・身勝手) の部分ではあらゆる企業がそれを守りたくないと思っています。実に不誠実な社会です。軽薄な人間がそろっているからでしょう。

 

>そんなバカみたいな社会の「奴隷構造」に対して、私たちは不満を言いつつもそれを受け入れてしまっている。

 

私たち日本人には、奴隷以外の適性がないからでしょうね。

 

>いや、「そうなるように育てられてきた」といった方が正しいだろう。

 

日本語脳の持ち主には、他に道は無いのでしょう。しかし、現実を変えたら奴隷構造もなくなるでしょうね。

現実は、頭の外にある。非現実 (考え) は、頭の中にある。

非現実の内容を現実の内容に変えたら、自分の好きな世界になるでしょう。

非現実の世界は各人各様であるから、よく話し合ってお互いに考えを練る必要がありますね。

非現実の内容を現実の内容に変えることができたら、それは人間だけが持つ創造力を発揮したことになりますね。ですから、未来社会の建設には相手との協力が必要になります。

 

現実の内容は、見ることができる。非現実 (考え) の内容は、見ることができない。だから、考えは、ただ理解あるのみである。

日本人の判断によれば、見ることのできる内容は ‘本当’ のことである。見ることのできないことは、’嘘’ である。

誰も、嘘つきにはなりたくない。だから、自分の考えを述べることを差し控えている。よく話し合って、お互いに考えを練ることはできないでいる。

現実の内容の正解は一つである。日本語は、現実描写のための言語である。だから、その内容は実況放送・現状報告になる。日本人は、’嘘と本当’ の世界に住んでいる。

非現実 (考え) の内容は、無数にある。矛盾を含んでいない文章は、すべて正しい考えを示している。矛盾を含んでいる文章も、その矛盾を取り除けば、正しい考えとなる。だから、よく話し合って、お互いに考えを練ることができる。

 

非現実の内容を文章にするには、文法に時制 (tense) というものが必要である。時制は、英語にあって、日本語にはない。

時制のある文章の内容は、過去・現在・未来の独立した非現実の三世界に分けられる。だから、時制のある言語を話す人は、話の奥が深い。現実ばかりを訴える人は、浅薄である。

たとえば、恐竜時代には、人間は誰も住んでいなかった。だのに現実には、恐竜の生態について詳しく述べ立てる人がいる。日本流の解釈では、彼らは ‘見てきたような嘘を言う’ 人たちになる。が、国際的には彼らは考えを専門にする人たち (哲学博士:  Doctor of Philosophy; Ph. D. ) である。矛盾のない考えの内容に説得力を認める世界に住んでいる。だから、学問は進歩する。我々日本人も、考える人にならなくてはならない。そのために、我々は日本語と英語を勉強して、英語の時制ある文章の大切さを理解し、自己の考えを示す英作文をわが物にする。さすれば、自己の考えを披露して外国人と意義の深い話ができるようになる。我々は、あるべき姿の未来社会に移行することも可能になる。

 

 

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閲覧数18 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2018/12/26 12:51
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