1,418万kW/2,203万kW (03/22 06:45)
64%
2019年01月04日(金) 

 

 

(略)

>「どうしたら、マネジャーみたいになれますか?最年少でマネジャーになったの、先輩ですよね。」>「まあね。」>「どんなやり方をしたんですか?」>「やり方ね……。一所懸命やるだけ。」

 

‘頑張って’ ですね。

 

>「本当にそれだけなんですか?真面目に教えてください。」>すると、マネジャーは新人に向き直って言った。>「個人的な目標は、持ってる?」>「え……、どういうことですか。」>「いや、そのまんまだよ。個人的な目標はあるのか、と聞いてるんだ。」>「もっと稼ぎたい、とか、楽しく仕事したいとか、そういうことですか?」>「ああ、それは目標じゃなく願望っていうんだ。」

 

願望は、恣意 (私意・我儘・身勝手) ですね。公に申し上げられるようなものではありませんね。

 

>「……何が違うんですか?」>マネジャーは言葉を選んでいるようだったが、こう言った。>「リアリティがない。稼ぎたいって、本気で思ってる?」

 

恣意は、ばらばらな単語 (小言・片言・独り言) のままで存在するから、意味がない。文章にならないものには意味がない。小言・片言・独り言では、本気になれない。歌詠みのようなもの。

 

>「……正直、まあ、なんとなく、って言うレベルです。」>「仕事はね、そこなんだよ。「なんとなくやりたい」とか「なんとなくできるようになりたい」って言う人は、ダメ。」

 

それは、恣意の人ですね。恣意の人は、相手にされませんね。

 

>「どうしたらいいですか?」>「ないのか、目標。」>「ま、まあ、なくはないですけど。」>「どんな夢だ。」>「年収で一千万は稼げるようになりたいです。」>マネジャーは身を乗り出した。>「どうやって?」>「わかりません。とりあえず給料を上げたいです。」>「それはまだ、単なる願望だな。まだ「給料が上がればいいな」と思ってるだけだ。」

 

そうですね。恣意的ですね。大戦中の必勝祈願のようなものですね。

 

>「どうしろっていうんですか。」>「いいか、仕事で成果出す奴は願望を目標に変えてるんだよ。自分で考えてな。考えてみろ、年収一千万なんて給料は、この会社で無理だ。ウチは普通の会社だからな。」

 

恣意 (願望) を意思 (目標) に変えるのですね。そうしたら真面目人間になれますね。

 

>「そんなこと言われても……」>「具体的に考えるやつだけが、仕事も、人生も成果を出すんだよ。これは才能じゃなない。ハートの問題だ。真剣な姿勢なんだよ。もちろんこんなことしなくたって、人生楽に生きられる。どっちを選ぶかはお前次第だよ。」

 

そうですね。意思の問題は、ハートの問題ですね。その内容は、人それぞれですね。

 

>「転職したほうが良いんでしょうか。」>「そんなこと、オレもわからん。まあでも、転職活動してみたら?年収一千万もらえる人間になるために、何が足りないか見えるんじゃないか?」>「あ、具体的に考えるって、そういうことですか。」>「仕事ができる奴は「具体的に何が足りないか」を動きながら考える。オレはマネジャーになりたかったから、目標達成とか上司への売り込みとか、地道にやった。まあ、ただ大抵の奴はあれこれ想像するだけで動かないし、具体化もしないし、継続もできない。それはあくまで「願望」であって「なったらいいな」程度にしか思っていないからだ。」

 

願望は、恣意 (私意・我儘・身勝手) ですね。恣意は、ばらばらの単語のままで存在するので、文章になりませんね。文章にならない内容は、意味も無ければ、矛盾を指摘することさえもできませんね。空想・妄想の類ですね。これでは相手にされませんね。

 

>「……。」>「所詮、会社員の仕事だからな、誰でもできるんだよ。だからさっき聞いた。オマエは何をしたいのか。具体的に決まっている奴が、成功するやつだ。夢物語に逃げたりしないでな。」

 

意思を示すことですね。意思は、英語では未来時制の文章内容になりますね。

日本人には意思がない。意思は未来時制の文章内容であるが、日本語文法には時制 (tense) というものが無いので、日本人には意思がない。だから、具体的に文章内容として定まらない。’ああでもなければ、こうでもない’ ということになる。きわめて恣意的である。

 

>私はこの話を聞いて以来、「その人の持つ目標の具体性」について、強い興味を持つに至った。

 

具体性は、文章内容の中にありますね。文章が出来なければ、具体性もない。

 

>それは仕事の能力の有無の判断基準であることは間違いない。

 

意思のあるところに方法 (仕方) はありますね。Where there’s a will, there’s a way.  意思のない人は、仕方がないから無為無策でいる。だから、仕事能力がない。

 

>結局、できる人たちはひたすら現実的に考える人たちなのだ。 

 

それは、非現実 (考え) の内容を作文できる人たちでしょうね。

現実は、頭の外にある。

非現実 (考え) は、頭の中にある。意思 (未来時制) は考えの内容であり、非現実の内容である。

非現実の内容を現実の内容に変換できれば、それは人間としての創造力を発揮したことになる。

現実の内容を現実の内容として再現すれば、それは模倣したことになる。模倣の作業は競争が激しく、賃金は低い。だから、優柔不断・意志薄弱は良くないということになるのか。

 

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閲覧数47 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/01/04 13:43
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