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2021年02月22日(月) 

 

 

>虚構の上に軍隊は成らず いわんや戦争放棄をや

>2015/07/31 21:53 よりわけ: 世界 かぎ: 近代思想セキュラリズム軍事戦争      [secularism: 世俗主義]     

> 戦争法案――べらぼうなイカサマ法であることには違いない。>こんな法案を通すような議会であれば無いほうがましである。 >しかし情けないことに国民側からこの法案に対して為される批判はあまりに子供じみている。 >ただヘイワ、ヘイワと騒ぎ立て戦争に行きたくないと駄々をこねているに過ぎないではないか、その空恐ろしさを感じているのは筆者だけではないと望む。

 

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実の内容を批判すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。これは、子供のようなものである。日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。だから、現実肯定主義となるのは致し方ない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。現実の内容だけであれば、'現実' 対 '現実' の上下判断になり現実肯定主義の中に埋没せざるを得ない。日本人の場合はこれである。非現実の内容は人様々である。非現実の内容がなければあるのは現実だけで、その正解は一つである。 だから、ご唱和の世界が実現する。      

わが国のマスコミも現実の内容をただ垂れ流す。現実の正解はただ一つであるから、どんぐりの背比べで各社に個性がない。それで、個人主義が何であるかを理解することが難しい。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、誰からも信頼されない。世界観に基づく協力者が得られないので未来社会の建設に貢献する度合いが限られる。  

 

>筆者の記憶では二十五年ほど前、「平和ボケ」なる言葉が活字になって世間にお目見えした。 >この言葉は戦争のない日本で安穏と生きることにある種の「罪悪感」を植え付けた意味で重要な役を演じたと言ってよい。

 

日本人には意思がない。意思の無い人には責任がない。ちょうど死刑執行人のようなものである。人は死んでも彼らは殺人罪に問われない。彼らには殺意という意思がないからである。

意思の無い世界には、西洋流の責任も無い。イザヤ・ベンダサン=山本七平訳の<日本教について>の中で、日本語の責任について述べられています。

‘、、、、、「責任」という日本語には、「応答の義務を負う=責任(レスポンシビリティ)」という意味は全くないのみならず、「私の責任だ」といえば逆に「応答の義務がなくなる」のです。、、、、’ (引用終り)

‘兎角、この世は無責任’ という事か。自己の意思を表せば当事者・関係者になる。表さなければ傍観者にとどまる。意思表示の無い日本人は常に傍観者にとどまっていて、孤高の人になっている。高踏派は孤立無援になりやすい。わが国は、世界の中にあって、世界に属していない蚊帳の外。 

 

>その結果として四半世紀後の今、軍国化を唱える右翼くずれどもが票を集めたことを思えば「平和ボケ」とは当時の現状批判として国内から湧き上がった言葉ではなく、国外の勢力が冷戦後の日本の外交位置を想定した上で敢えて我々の潜在意識を操作するため耳に吹き込んだ策略だったのかもしれない。

 

我々は ‘何事もお変わりのないことがなによりなことで・・・・・’ ですね。日本人には世界観がない。だから ‘来るべき世界’ の内容を想定できる人物がいない。時代を先取りすることが難しい。後追いの専門家ばかりで既成事実の追認になり政治音痴になっている。   

 

>戦争は非道そのものであり起こしてはならないものである。 >戦争のない世を望むのは日本に限ったことではない。 

 

そうですね。   

‘勿論、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、常に簡単な事だ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。’ (ヘルマン・ゲーリング)。    

 

 

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閲覧数15 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/02/22 22:34
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