エゴコロさん
京都市電の前身は京都電気鉄道(京電)という会社が運営していた路面電車で、
京都駅前の塩小路高倉~中書島間を走った日本最初の電気鉄道ですね。
その停留所名(1919年当時)は、塩小路高倉、京都駅八条口、大石橋、札ノ辻、
十条通、勧進橋、深草下川原町、竹田久保町、竹田出橋、七瀬川町、城南宮道、
棒鼻、丹波橋、肥後町、東浜、中書島で、現在の市バス81系統とほぼ一致して
いますよね。
現在、竹田街道油掛の駿河屋の前と、京都駅バスターミナル入口(塩小路高倉)に
それぞれ石碑が建っています。
中書島駅前の魚民(もと南つる)を左に見てゆるやかにカーブする道が市電の
軌道跡で、竹田街道の路面を通り、肥後町でS字カーブした後、現・竹田街道
北行きの道に敷かれていた専用軌道を通って棒鼻から24号線に沿って京都に
向かったと思います。
私は5歳まで肥後町に住んでいたのですが、家の前の道を市電が大きくカーブ
していくようすをかすかに記憶しています。京阪電車に乗るときは、肥後町の
停留所から中書島まで市電を使っていました。