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2019年01月11日(金) 

 

>■日本人は資本主義に順応し民主主義に順応しない

>近代化の過程で日本人は、護送船団型資本主義のように独自のアレンジをしながらも資本主義によく順応しました。

 

そうですね。‘一人でいる日本人は虫けら、三人集まると竜になる’ のだそうです。

 

>これは産業技術が実践的で習慣訓練化しやすいからでしょう。

 

そうですね。実学 (技術) は、実践的ですからね。習慣と訓練が可能です。

 

>それに対して民主主義はうまく修得できていません。

 

民主主義は、個人の考えに立脚していますからね。個人主義 (individualism) のない国では、民主政治 (democracy) は衆愚政治 (mobocracy) になります。

 

>これは民主主義思想が多分に言語思想だからでしょう。

 

そうですね。政治には、哲学が必要ですね。各人に哲学が必要である。Everyone needs a philosophy.

 

>左翼の本質は主知主義 [intellectualism] であると言われます。>主知主義とは、知性、理性、悟性を重視する思想です。

 

リーズン (理性・理由・適当) は、人間にとって大切ですね。我々の答えは、常にリーズナブルでなくてはならない。

 

>人の知性によって世界は設計できるということです。

 

そうですね。意思のあるところに、方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 日本人には意思 (will) がないから、無為無策でいる。仕方がない。

 

>言語化できない習慣は重視されません。

 

そうですね。

日本人の《高文脈文化》の特徴:  言葉以外に状況や文脈も情報を伝達する。重要な情報でも言葉に表現されないことがある。/ 曖昧な言語 / 一般的な共通認識に基づく / 双方の合意に基づいた契約でも状況によって柔軟に変更される。/ 感情的に意思決定される/沈黙は不快ではない /

ドイツ人の《低文脈文化》の特徴: 伝達される情報は言葉の中で全て提示される。/ 正確性が必要とされる言語  / 言語に基づく / 双方の合意に基づいた契約の変更は容易ではない。/ 論理的に意思決定される / 沈黙はコミュニケーションの途絶として不快 /

 

>現代日本においてこれだけ世界に誇る技術大国になっても、西洋の哲学思想という言論術は中二病者の屁理屈としてしか受け入れられていないのが現状です。

 

そうですね。

実学 (技術) は、現実を内容とする。が、哲学・学問は、非現実 (考え) を内容とする。

現実の内容は、頭の外にある。非現実の内容は、頭の中にある。両者は所在が異なるので、内容も同じにはならない。

日本人には、現実離れのした話の内容は、信じられない。

 

>■資本主義への順応しすぎによる閉塞

>現代日本人の問題は言語思想を持たないことよりも、あまりに資本主義に順応しすぎていることにあるのかもしれません。

 

思想は考えであり、非現実の内容です。非現実 (考え) は、頭の中にある。見ることができない。理解があればわかる。

資本主義は、金 (おあし) であり、現実の内容です。現実は、頭の外にある。見ることができる。見ればわかる。

見ることができる内容は、真実 (本当のこと) である。見ることのできない内容は、真っ赤な嘘である。

誰しも嘘つきにはなりたくないから、日本人は言語思想を持たないでいる。だが、お金 (現ナマ) を扱う資本主義には抵抗なく現実的に順応している。

 

>資本主義、すなわち貨幣価値を基本とする社会システムへ順応しすぎると、「形式的合理性」の問題に陥ります。

 

そうですね。形式的合理性は、無哲学・能天気の中に存在しますね。野球のルールのようなものか。

 

>予測可能性が高い、コンビニエンスで安全な社会の中で人々が無気力あるいは、漠然とした不安に陥っていく。

 

そうですね。日本人は、’我々はどこに行くのか’ という哲学的命題に答えが出せない。わが国には何でもあるが、ただ、夢と希望だけが存在しない。

 

>現代の日本人が「自分たちの言葉を持ちたい」と思うことの背景には、異文化に向けて自己の正当性を主張したいというよりも、あまりに資本主義に順応しすぎたことによる閉塞からの反動があるのかもしれません。

 

そうですね。夢と希望のない世界には、閉塞感に満ち満ちています。

非現実の内容を文章にするには、文法に時制 (tense) というものが必要です。時制は英語にはあって、日本語にはない。

時制があれば、非現実の内容は、独立した三世界 (過去・現在・未来) に分けられます。つまり、世界観 (world view) を持つことが可能になる。だから、来るべき世界の内容を未来時制で語ることができます。自分は、いかなる世界に住みたいかを表明できます。

自己の ‘あるべき姿’ 主張をするためには、時制のある言語を使用することが必要です。その目的のためには、英語は便利です。

我々日本人は、日本語と英語を学んで、時制の大切さを十分理解して、自己の正当性を英語で主張すべきです。さすれば、外国人とも議論が可能になり、国際社会で重要な責任を果たすことができるものと考えられます。

 

 

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閲覧数53 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/01/11 13:54
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