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2019年02月07日(木) 

 

 

>・新聞報道によれば、政府総務省が2017年に実施した377統計の一斉点検実施時に4割の138統計で不適切な処理が見つかった。

 

総務省の杜撰管理ですね。

 

>更にその2年後の今年1月時の点検でも政府が特に重要と定める56の基幹統計ですら、4割で不適切処理が明るみに出たといわれる。>問題が発覚されてからも、政府と官僚組織は何の危機感も抱かなかった実態があからさまにされた。

 

杜撰は想定外になっていたのですね。

 

>・今回の厚労省毎月勤労統計のデタラメ数値の発覚はその氷山の一角と見られよう。>安倍政権官邸への官僚組織の忖度ぶりの酷さは、加計学園や森友学園の事件からその一端は見えていた。

 

忖度 (推察) は、聞き手の勝手な解釈でありますから、話し手には責任はないでしょうね。話し手は、無罪 (innocent) です。

意思のある人には、責任がある。罪もある。意思のない人は、純粋である。潔白である。

日本人には意思がない。意思は、未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というもがない。だから、日本語脳の中には未来時制は存在せず、日本人には意思がない。だから、日本人の仕事は全て請負仕事になる。施主となる責任者がいない。もし存在しても、当事者に責任感がない。

 

>しかし、国勢を分析する日本国家の基幹統計までが政権への忖度から恣意的に汚されていたとは驚きでしかない。

 

わが国は、忖度 (推察)、恣意 (私意・我儘・身勝手) で隅から隅まで汚染されていますね。

 

>基幹的な統計において、統計作成の基準を勝手に変えて、その実態を隠蔽の上、一貫性のない統計数値を出していた事実は政治と官僚の重大な犯罪である。

 

政治と官僚の国民に対する裏切りでしょうね。

 

>事実を歪めた日本政治と官僚のデタラメぶりには刑事罰が適応されるべきであろう。

 

第三者に罪悪感を持たれると、政治責任者と官僚は有罪 (guilty) になるでしょうね。

意思のある人は、加害者意識も経験する。深刻な場合には、罪の意識に悩む。人生の道まで変える人もいる。

意思のない人は、罪の意識に悩むこともない。ちょうど、死刑執行人のようなものである。人は死んでも、彼らは殺人罪には問われない。彼らには、殺意がないからである。

 

>昨年の賃金統計では9ヶ月分はマイナスで、年間値でもマイナスであったというのはどうも事実だ。>政府も認めざるを得ないであろう。>そうすると安倍政権が唱えた3.6%の経済成長も実はその半分でしかない。

 

資料となる統計が不正確では、それによる判定も揺らぎますね。政治家は、まともに議論もできない。

 

>それでも成長であったことには変わりはないと、安倍政権は国会では強弁している。

 

安倍政権の力点は、成長ですね。資料の不正確さではないのですね。保身の一点張りで、事態の深刻さは感じていないのですね。

 

>基幹統計が危められているのだから成長かどうかは置いておくとして、数値に大きな変動があった事実は、企業経営では重大な再分析と新たな総括課題である。>事実の解明に最善を尽くすというのが常人で、国民を前にして強弁するなどの余地のないものである。

 

そうですね。成長かどうかは、罪の問題ではありませんね。だが、事実の隠ぺいには罪がある。罪の問題をおろそかにすると、責任者は信用を失いますね。民信なくば立たず。

 

 

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閲覧数56 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/02/07 10:12
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