1,559万kW/1,951万kW (11/13 20:15)
79%
2019年10月13日(日) 

 

 

>今年春の4年制大学進学率(18歳人口ベース、浪人込み)は53.7%と報告されている。 >この世代の半分が大学に行くことの数値的な表現だ。 >これは世界有数の高さで、日本が教育大国と言われるゆえんでもある。

 

そうですね。しかし、残念なことに、わが国においては教育が人間序列形成の手段に使われていますね。これは、序列人間の性によるものでしょうね。

 

> 大学の上には大学院が置かれる。 >目的は「学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与すること」だ(学校教育法第99条)。 >研究者だけでなく、高度専門職業人の養成も担うとある。 

 

大学院は、我が国民の要望に応えて設立された教育機関でないでしょうね。

 

>そのため、能力ある優秀な若者の入学が期待されるが、日本の生徒の大学院進学志望率は低い。

 

日本人の能力は、序列争いのための能力ですからね。限りなく世俗的 (現実) であって、学問的 (非現実) ではありませんね。

 

>さらに、中学校2年生の4年制大学進学志望率は56%と高いが、大学院になると3%まで激減する。

 

一旦人間の序列が大学入試で定まれば、日本人としてそれ以上に望むことは何もありませんからね。これは、当然の結果でしょうね。

 

> 大学院とは何たるものかを知らないのかもしれないが、一番に大学院へ行っても恩恵はない、行き場がなくなることを早くして心得ているのかもしれない。

 

そうですね。わが国は、無哲学・能天気の人間の住むところですからね。学問をしたら行き場がなくなることは目に見えています。外国留学をして帰ってきたら就職先に困るようなものでしょう。

 

>この危機的教育の現場を通して子供たちは潜在的に感じているのだろう。

 

日本人は、何が危機であるのかも本質的なところを理解していないでしょうね。子供たちは、それを雰囲気として感じ取っているのでしょう。

 

>もう今の教育、学校は終わっている。

 

そうですね。終わりがあって、始まりがない。それが我々の本質的な問題でしょうね。

わが国は、序列判断の国である。世俗的な序列順位により判断をするので、心底満足のゆく価値観が教育機関から得られない。

何事も比較の問題である。だが、日本人には、非現実 (考え) の内容がない。だから、現実対現実の内容の比較オンリーになる。それで、終わりである。興奮して得意になっても、’それでどうした’ (So, what? ) という英米人の問いには答えが出ない。だから、結局人生は空しい。

この種の問いに答えるためには、非現実 (考え) の内容対現実の内容の比較が必要である。それのない比較は、浅はかでありつまらない。思慮深い相手を満足させることができない。

 

 

.

 

 

 

 

 


閲覧数18 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/10/13 05:10
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
のがさん
[一言]
■最近のアルバム
■最近のファイル
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このアルバムのURL
https://www.sns.ochatt.jp/blog/blog.php?key=1204036