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2020年05月17日(日) 

 

 

>349008 日本社会の変化を阻む「しくみ」とは  >匿名希望 19/09/03 AM00 【印刷用へ】 

>大きく時代は変化している。

 

そうですね。現実の世界は千変万化してとどまるところを知りません。

 

>そのなかで、周りの慣習に合わせて(それで問題なければ何もないのだが)、不整合を感じても流してしまう=流すのが正しいとして、思考することを止めて生きていては、時代に取り残されるだけ。

 

そうですね。思考停止では困りますね。わが国は、国際社会から遅れますね。’心ここにあらざれば視れども見えず’ ですね。我々は考える人 (the thinking man) になる必要があるでしょう。

 

>その変化に対応しようとする力や意欲を阻むのは、「硬直的で同質的な」ものが一番集団にとって良いとされる、学校教育なのではないか。

 

そうですね。わが国の学校教育の機能は、‘人の振り見て、我がふり直せ’ と思考停止をしている人間に呼びかけることですね。

 

> 「硬直的で同質的…日本社会の変化を阻む「しくみ」の謎に迫る 私たちの「働き方」はこうして生まれた」 

 

思考停止をしている人間は、自己の安全・安定のために社会の変化を拒みますね。

人の考えの内容は非現実であるから、様々ですね。様々な考えの内容を否定すると硬直的で同質的な社会が出現しますね。

全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。矛盾を含んでいない文章は全て正しい考えを示している。人の考えは様々であるから、正解は一つではない。幾らでもある。

矛盾を含んでいる文章も、その矛盾を取り除けば正しい考え方を示すものとなる。矛盾を取り除くためには、対話・議論が役に立ちます。だから、我々は対話・議論を盛んにしなければならないでしょう。さすれば、我々の生活方法の選択肢は増えます。

 

>リンク >――――以下、リンクより引用――――

> 2018年6月21日の『日本経済新聞』に、こんな記事が載った。 >タイトルは「経団連、この恐るべき同質集団」。

 

日本人の社会は同質集団から成り立っていますね。

 

>その内容は、経団連の正副会長一九人の構成を調べたものだ。 >全員が日本人の男性で、最も若い人が六二歳。起業や転職の経験者がゼロ。

 

そうでしょうね。同一の規格により選ばれた人間集団は、同質集団ということになりますね。

 

>つまり、「年功序列や終身雇用、生え抜き主義といった日本の大企業システムの中にどっぷりとつかり、そこで成功してきた人たち」だとこの記事は報じている。

 

そうですね。要するに、序列社会の序列人間ばかりで経団連が出来上がっているということの証明ですね。

 

>この記事は、19人のうち「会長以下12人が東大卒。次いで一橋大が3人、京大、横浜国大、慶応大、早稲田大が各1人だった」とも述べている。>京大をのぞいて、すべてが首都圏の大学卒業生ばかりであることも、この記事は問題だと指摘している。

 

規格化されて集められた人間たちは容易に序列化できますから取扱いに便利なのでしょう。

 

>ただし、卒業した大学名は詳細に記されているが、学部や専攻については何も述べていない。

 

個性的な内容を無視することが序列化に最も必要な条件になりますね。

 

>学校名は問題だが、何を学んだかは問題ではないのだ。

 

そうですね。学校名は、学閥作りに必要ですが、その学校で何を学んだかは序列化には意味がない。学校で個人の個性を伸ばしたことは論外になりますね。

 

>なぜこうなるのか。

 

それは、万事に序列原理が働いているからでしょう。

 

>そこには、どういう原理が働いているのか。

 

‘上と見るか・下と見るか’ の形式的な原理が働いているのでしょう。

日本語には階称 (言葉遣い) というものがある。世俗的な上下判断ができないと日常的な日本語会話にも支障をきたすほど重要な判断であります。

序列判断に埋没した人間は、全てを人間の序列で結論に導くことになります。日本人は、より高い序列順位の得られる行為を望んで止まない。これを日本人は向上心とか出世欲と呼んでいる。日本人の活動の原動力と見なされています。

わが国のような序列社会でこの世俗的な序列の判断を誤るとひどい仕返しを受けることになります。わが国では、人様にも神様にも祟り (仕返し) というものがある。世俗的な序列判断の誤りにより祟りを受けた人間は自己利益を失うことになる。だから、日本人は ‘人を見損なってはいけない’ と深く念ずるようになる。この想いが皇民化教育の基本になっていました。

日本人の礼儀作法も序列作法になっているので、世俗的な序列判断ができないと礼儀正しい日本人にもなれません。それで日本人社会での信用を失うことになります。だが、こうした世俗的な序列判断は日本国内でしか通用しないので、国際的な人間関係を結ぶときには障害になります。日本人は、序列なきところに礼儀なしですから。 

 

 

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閲覧数12 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/05/17 11:46
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