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2020年06月06日(土) 

 

 

>157242 相対主義では根本的に何も変わらない >匿名希望 ( 37 漁師 )  07/07/20 PM05 【印刷用へ】 

>  異文化の人間を理解するとき、よく自文化の考え方を押し付けるのではなく、相手の文化をまずは認めよう、というスタンスがとられることがあります。

 

そうですね。宣教師のような態度では敬遠されますからね。

 

>しかしこれは、自文化の正しさを押し付けようとする、絶対主義に対抗するための相対主義に過ぎないように思います。

 

自文化は数ある文化の中の一つですからね。我々には世界観が必要ですね。

 

>世の中には、絶対的に正しいといえるような、普遍的なものは存在しないのだから、それぞれの文化の価値を認めましょうということなのでしょうか。

 

それは日本人流の考え方ではないでしょうかね。 山本七平は、<ある異常体験者の偏見>の中で、絶対化について述べています。「日本軍が勝ったとなればこれを絶対化し、ナチスがフランスを制圧したとなればこれを絶対化し、スターリンがベルリンを落としたとなればこれを絶対化し、マッカーサーが日本軍を破ったとなればこれを絶対化し、毛沢東が大陸を制圧したとなればこれを絶対化し、林彪が権力闘争に勝ったとなれば『毛語録』を絶対化し、、、、、、等々々。常に『勝った者、または勝ったと見なされたもの』を絶対化し続けてきた―――と言う点で、まことに一貫しているといえる。」と述べています。

価値ある文化の要素は世界各地に散在しているのではありませんか。奴隷制度は良くないが、民主主義は良いとか、、、 。我々人類は各文化から、’良いとこ取り’ をする必要がありますね。  

 'どのような状況にも普遍的に通用する真理や法則、基本概念や倫理がありうるという考え方が、日本にはほとんど存在しない。'  (カレル・ヴァン・ウォルフレン)  

 

> 私も、以前はそういう相対主義的なスタンスがいいと思っていました。 >しかし、よくよく考えてみると、そういう相対主義的なスタンスではまったく相手を理解することもできないし、受け入れることもできないのではと思うようになってきました。

 

相対主義に自分の上下観を入れることにより、ある特定の文化に対する価値を高く評価するようになるのでしょうかね。 

 

>それは、相対主義とは、「人はそれぞれ」「自分は自分」「相手は相手」ということになってしまうからです。

 

そうですね。人にはそれぞれの個性がありますからね。文化圏とてそれは同じことでしょう。

全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。矛盾を含んでいない全ての文章は、正しい考えを示している。人により考えはまちまちである。だから、正解は一つではない。幾らでもある。

 

>  何か、様々な価値観の渦巻く世の中で、「対立を起こさないようにうまく生きていきましょう」という処世術の一つ、そんな気がします。 

 

‘ローマではローマ人のするようにせよ’ ということでしょうかね。When in Rome, do as the Romans do.

相対主義は、‘和を以て貴しとなす’ といった目的のものですか。これでは、処世術 (現実) のようなものですね。哲学 (非現実) ではないでしょう。我々には変革に必要な政治哲学が必要ではないでしょうか。さすれば人類は進歩します。

 

 

 

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閲覧数18 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/06/06 22:43
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